「ねえ、ヨウちゃん。聞いてる?」
その声が念仏に聞こえはじめた頃、軽くジャブ。このとき適当に返事を返そうものならば、今までの数十分が無駄になる。数度の失敗から学んだ私は、話を聞いていた証拠として長大巨編小説を一行に要約して返す。
「だから、父さんが血を吸ってくれないって言うんでしょ?」
「もう、そんな言い方って無いんじゃない? これは夫婦の危機なの! もしかしたら別居……最悪の場合……」
と、涙で声を詰まらせる。
「――離婚するかも知れないんでしょ?」
ため息とともに聞くと、
「そんな単純な問題じゃないの! 父さん殺して、母さんも死ぬから!!」
日曜の真昼間、これから遊びに出ようかなんて計画立ててた人間の身にもなって欲しい。
「あのさ、父さんは元気なのよね? 母さんの血を吸ってないってっていうんなら、誰の血を吸ってるの?」
「……ないの」
絞りだした声はあまりに小さく聞こえない。母は自分の哀しみに酔っている気もする。
「何? 聞こえない」
健康補助食品のゼリーを飲みつつ聞き返す。
あぁ、美味しい血が吸いたい。
杉田和泉は三日ほど前から交通事故で入院してしまった。命に別状はないらしいけど、病院に押しかけて……なんてわけにもいかない。
最近は杉田和泉の血ばかり吸っていたから、他の不味い血では満足できない。贅沢に慣れるとこういうとき辛い。
冷蔵庫には健康補助食品のゼリー、クッキー、栄養補助ドリンク。こんなものであと何日過ごせばいいんだろう。
「ヨウちゃん、話聞いてる?」
「えっ聞いてるよ、父さんが血を吸ってないって話でしょ?」
「そうよ。父さんね、ほとんど血を吸わないの。ねぇどう思う? ヴァンパイアだって食事をしなけりゃいけないでしょ?」
涙声。
「ねぇ、どうして? どうして父さんは血を吸ってくれないの!?」
絶叫。
私は受話器を耳から離し、母さんがおとなしくなるのを待つ。意味不明な言葉を高音域で発していたが、しばらくしてそれは嗚咽に変わる。
「母さん、人が来たみたいだから切ってもいい?」
嘘を言い、返事も無い間に電話を切って電話線を根元から抜く。
これで一時間くらい放っとけば、あきらめるだろう。
盛大にため息。
時計を見上げればもう昼。午前中の予定が全部狂ってしまった。
冷蔵庫の健康補助食品と、栄養補助ドリンク数本片手にテレビをつける。午後からの計画を建て直さなきゃ……なんて数分。本当に来客を告げるベルが鳴った。
「はーい」
いつもの癖で返事を返す。
ドアスコープを覗けば、見知った男が私と同じように覗き返している。居留守を使いたいところだが、返事を返したものは仕方ない。
ぶつぶつ言いつつも、ドアを開ける。
「何? 父さん」
「玄関先で親と話をするような娘に育てた覚えはない」
「約束も無いのに人の家に来るような人だったなんて知らなかったわ」
「人の稼いだ金で暮らしている人間にとやかく言われる覚えは無い」
ずかずかと押し入るように部屋に上がりこむ。
母がいないと鉄仮面でもかぶったかのような顔に、堅い態度、厳しい口調。逆にこの父しか知らない人間は、母がそばにいる父を見たとき「嘘だ」「別人だ」なんて声をあげるわけだけれど。
父がテーブル代わりに使ってるコタツにどっかり座り込む。テレビが一番見やすい特等席に。
「で、何?」
「父さんの分の昼食を持ってきて、座れ」
こめかみの辺りが引きつるのを感じたが、言われたとおり冷蔵庫から栄養ドリンクなんかを出して、コタツの側面にすわる。ここからだとテレビを見るのに首を曲げなきゃならないから疲れるんだけれど。
「で、何なの?」
繰り返す。
「沙世から電話があっただろ?」
栄養ドリンクを片手に言いにくそうに顔。沙世というのが母さんの名前。
「父さんが血を吸ってくれない。離婚するくらいならば、父さん殺して自分も死ぬっていってた。いつも通り」
物騒なことだが、母さんの興奮したときの常套句だから心配する必要性なんてこれっぽっちも無い。
「そのことなんだ」
父は妙に重々しくため息をつく。
「沙世、最近美用補助食品に凝りはじめてな、」
一気に栄養ドリンクを飲み干し、ポツリとつぶやく。
「味が変わったんだ」
ぱちくりと目を瞬く。
「味って、血の?」
「あぁ」
重苦しい声。
人生にかかわる一大事に、私も同じく重い重い息をつく。
自分の舌に合う血の持ち主なんて、千や万に一人いるかいないか。いちいち味見しなければ確かめようがないのだから、出会ったときは『運命の人』って感じだ。それなのに、その味が変わるだなんて……。
「だから吸わないの?」
「最初は我慢してたんだ、」
苛立った声。
「だが、とてもじゃないが口にあわん。何とも言えん妙な味だ」
「ふーん」
と、しか言いようが無い。母さんの血って私の口には合わないのだけれど、父さんにとっては『運命の人』だったようで。
「逃げてきたの?」
この様子じゃ、母さんにそのことが言い出せず、かといって飲まないわけにもいかずでしばらく過ごしていたんだろう。
父さんは照れた色を一瞬浮かべ、
「俺のために綺麗になると頑張ってる沙世を止めることなんて出来ないだろうが」
結局はそこに行き着くわけか。
「で、どうするの?」
一応たずねてみる。結果は見えてるが。
「母さんにそれとなく言って、美用補助食品をやめさせてくれ」
思ったとおり。思い込みの激しい母さんにどう説明しろというのか。
「父さんが一言『そのままでも十分綺麗だよ』って言ってみたらどうなの?」
「……それはもう言った。『それ以上綺麗になって変な虫がついたらと思うと眠れない』とも言った」
「でも、聞かないのね?」
「あぁ」
その状態で私がどう対応すれば良いというのか。
「なにか、ほら、お前も女だから知ってるだろ? 食品に頼らない美容法を」
なるほど。それで私の元に来たわけか。けれど、私もそれほど詳しいわけでもなく……。
「母さん、なんでそんなものに手を出し始めたの?」
「わからん」
ムスっと座っている姿は怖い。
食事が終わると父は仕事があるとかで、さっさと帰っていった。帰り際に一言「頼む」とだけ言い残して。
父さんに「頼む」とまでいわれて、放っとくわけにもいかない。
「まずは『パズルのピースをそろえなきゃ』、か」
最近読んだ推理小説の台詞をつぶやき、立ち上がる。まずは母さんに話を聞く……ために帰るしかないか。
電車で二時間掛けて、家に帰る。去年まではこれで通学してたんだから、まったく嫌になる。
「ただいま〜」
何も変わらない家のドアを開けると、
「あら、お帰り」
普段通りの母の姿。四時間ほど前に泣き叫んでいた人物と同一人物とは思えない。
「今日パートないの?」
居間にあがる。コタツの上にはつけっぱなしのテレビと、食べかけのエクレアと紅茶。
「今日はお休みなの」
私の分の紅茶を入れてくれる。
「父さんに聞いたんだけど、」
「何?」
相変わらず、父さんの話題には敏感に反応する。
「母さん、美容に凝ってるんだって?」
「えぇ」
エクレアを再び食べ始める。美容とお菓子って矛盾してる気がするんだけれど。
「それで翼さんなんて?」
翼ってのが父の名前。そんな爽やかな名前、普段の鉄火面には似合わないのだけれど、母さんといるときはそれっぽいのだから不思議だ。
ここはずばりと言ったほうが良いだろう。後で父さんに怒られるかもしれないけれど、時間を掛けられるほど私も暇じゃない。
「――母さんの味が変わったって」
「……味?」
不審そうな顔をし、
「あぁ、血のこと?」
私は頷き、紅茶を飲む。
「どうして美容に凝り始めたの? 前はぜんぜん興味なかったじゃない?」
母さんは化粧をしないタイプの人間で、年齢より十歳くらいは若く見られるような容姿の年齢不詳系だ。父と一緒にいると、親子か兄妹かだなんていわれてる。
その上、服装もシンプルなものが好きで、ジーパンにシャツなんて学生によくいるような格好。そんなものだから、美容には縁など無い人だと思っていたのに。
「母さんもね、若くは無いの」
ポツリと哀しそうにつぶやくが、どう見たって四十二歳には見えないんだから、そんなに悲観する必要はないんじゃないかと思うんだけれど。
「この間、写真の整理してたら昔の写真が出てきたの」
近くの棚から、一枚の写真を取り出す。
入学式らしき集合写真で、若き日の父と母が写されている。
「これが何?」
「ほら、ここ見て」
父さんを指差す。写真嫌いの父さんらしい緊張した面持ちで、カメラから目をそらしている。
「これがどうしたの?」
「翼さんの目線の先よ!」
ヒステリックな声。
言われて見れば、その先にいるのはロングの髪のきれいな女性。二十数年も経ってから嫉妬してるのか。
「偶然だと思うけど?」
「この間見たの」
「見たって……この人?」
父さんの目線の先の女性を指差す。
「そうよ。その人が翼さんと一緒にいたの!」
***
数週間前のこと。
ご近所の山本さんに誘われて、電車で五駅先のデパ地下に評判の鯛焼きを買いに出かけたの。数日前にテレビで紹介されたとかで、そりゃもう唖然とするしかない長い列。
山本さんは嬉々として並んだのだけれど、私はダメ。その列を見てげっそりしちゃったの。山本さんには用があるのを思い出したって言って、そのままそこで分かれたの。
でも、せっかく来たことだし一人でウィンドウショッピングをすることにしたのよ。洋服とか、靴とか、バッグとかいろんなものを見てね、宝石屋さんに足を向けたときだったの。
後姿がちらりと見えただけだけれど、それが翼さんだってわかったの。声を掛けようとして、すぐに柱の影に身を隠したの。
どうしてって、女よ。意味深な笑顔の女がね、翼さんの隣に仲良く一緒にいたのよ。私は翼さんが女と一緒にいたくらいで疑うような馬鹿じゃないわ。でもね、二人が見ていたのはペアリングのコーナーで、二人は嬉しそうにペアリングを選んでいたの。
その女、どこかで見たことのある女だと思ってね、帰ってからアルバムを探してみたらこの写真が出てきたの。ショックだったけれど、だけど私は翼さんを信じていたわ。
数日後。
図書館に行きがけにね、翼さんを見かけたの。どこに行くんだろうって後を付けたら、あの女と市役所で待ち合わせていたの。二人は談笑しながら市役所に入っていくから、私は不安になったの。
でも、私も市役所に入ったらばれるかもしれないでしょ? だから、じっと外で待ってたの。
そしたら二人、離婚届の用紙を持って笑いながら出てきたのよ。そして、翼さん、
「これですべてうまくいくんだな」
って言ったのよ。
***
話の脈略は前後しながらも、三十分後、母さんの息が上がってくるとようやく静かになる。
「勘違いじゃないの?」
「……だって、見たのよ」
「父さんが浮気するなんて、天地がひっくり返ったって考えられないんだけど」
「だって……見たの」
「勘違いだって」
「でもね、あの頃付き合ってるって噂があったの」
二十数年以上前の話。
「父さん、きっと私の血が目当てで結婚したのよ!」
「それは無いって」
なんて私の言葉は聞こえてない様子。確かに自分の好みの血を持つ人は『運命の人』に出会うような感動はあるけれど、結婚する・しないは別の問題。体調によって味は変わるから同じ人の血を吸い続けるなんてこともない。だから父さんはどう考えても母さんを好きになって結婚したとしか思えない。
「ただいま〜」
玄関から声がして、母さんはぴたりと動きを止めた。写真を目にも留まらぬ速さで隠し、パパッと顔をぬぐって、
「おかえりなさ〜い」
甘い声で迎えに出てゆく。相変わらずの様子。これを二十年近くやってる二人に『夫婦の危機』なんて無いと思うのだけれど。
「やっと大きな仕事一つ、片付いたよ」
「ご苦労様」
なんて会話を交わしつつ居間に入ってくる。
「陽子、帰ってたのか?」
午前中の父とはまるで別人。にこにこと笑みを浮かべ、口調も柔らかい。
「お帰り」
父さんは私に目配せし、私は小さく首を振る。
「……沙世、今日は陽子も帰ってきていることだし、久々に寿司でも食べに行こうか?」
一瞬、母さんの動きが止まる。
私がヴァンパイアの血に目覚める前までは家族でお寿司屋さんにも行っていたけれど、ここ数年はまったく外食なんてしていない。
父さんを見やると失敗したか、という顔。だが、
「まぁ、良いわね。そうしましょう」
母さんは明るい顔で振り向く。その表情が、なぜか怖かった。
数年ぶりの近所の寿司屋、カウンター席。
不信に思われてはいけないので、食べてもあまり美味しいと感じない寿司を胃に放り込むも、気づけばお茶ばかりになってしまう。きちんと食べているのは母さんばかり。
何でこんなことになってるんだろう。
「お腹いっぱいになっちゃった。おあいそ、お願いします」
母さんの言葉で呪縛が解けたように、私と父さんは席を立ち、お金を払って外に出る。
家までは歩いて数分なのだけれど、
「月も綺麗だし、遠回りして帰らないか?」
父さんが言う。気を利かせて先に帰ろうかとも思ったが、二人に止められ、とぼとぼ二人の後をつけるように歩く。
「沙世、お前に言わなきゃならないことがある」
父さんが切り出す。
「これで、終わりなの?」
母さんがこわばった顔で尋ね返す。言われた意味が理解できなかったのは私だけじゃなく、
「終わり?」
父さんが疑問符だらけの顔で尋ね返す。
「離婚なんてしないから!」
いえ、絶対に母さんの勘違いだと思うけど。
父さんは狐につままれた顔で、
「何言いだすんだ?」
「翼さん、あの女と一緒になるんでしょ!? そのために私とヨウちゃんを捨てるのね!」
「あの女って誰のことだ? 俺は――」
「いいえ、言い訳なんて聞きたくないわ!」
母さんは泣き崩れる。
そばから見ている限り、母さん一人が暴走している風にしか見えないんだけれど。
父さんは弱りきった様子で、
「あの女って誰のことだ?」
「髪の長い、綺麗な女性。父さんと母さんの同級生みたい」
写真で見た女性の特長を並べる。
「母さん、最近父さんがその人と会ってたのを見たって」
「……斉藤さんのことか? だが、なんで離婚だなんて話になるんだ?」
「一緒にジュエリーショップにいたじゃない! その後一緒に市役所から出てくるのも私は見たんだから!」
泣いていた母さんが怒鳴りあげる。
「二人して笑いながら離婚届持ってたでしょ? 私、見たんだから!」
「動かぬ証拠を握ってるって。どう説明するの?」
母さんの見間違いってことは無かったようで、父さんは慌てながら、
「いや、あれはだな……」
しどろもどろで説明を始めた。
***
先月の初め。
仕事の話でジュエリーショップを営んでいる斉藤さんを伺ってみれば、対応に出てきたのは斉藤さんの奥さんだった。どこかで見たことがある人だなぁと思っていたら、その奥さんに、
「覚えてません? 旧姓・高村なんですけど」
「高村?」
「もう、翼って沙世以外は本当に眼中に無かったんだから」
「いや……あぁ、思い出しました」
「本当に?」
念押しされて、思い出せなかったが頷いた。
仕事の話は一進一退の状態で、なかなか前に進まなかった。彼女は知り合いだからと甘い顔をするタイプではなく、何度も出かけて話し合いを繰り返していた。
ある日、
「交換条件、呑んでくれない?」
「何ですか?」
「呑んでくれたら契約してあげるし、もう一件紹介してあげる」
「……何なんですか? 変なことじゃ無いですよね?」
「ものすごく簡単な事よ。離婚届取りに行くのに付いて来て欲しいの」
断ろうかとも思ったんだが、交換条件としては悪くない。むしろ、美味しい話だった。思案していたら、斉藤さんの奥さんが、
「悩まなくてもいいのよ。用紙が必要なのは私じゃなくて旦那の妹夫婦なの。妹の旦那の浮気癖が治らないから、脅しに使うんですって。自分で取りに行くのはなんだからって、頼まれたのよ」
言われて、なんとなく彼女のことを思い出した。おせっかいな女がいたことを。
悪くない話しだから了承すると、彼女は本領発揮し、
「奥さんに、これ、プレゼントにどう?」
ジュエリーのセールスが始まった。
数日後。
仕事の隙間を縫って、斉藤の奥さんと合流し市役所に離婚届を取りに行った。
「これ、契約書と紹介状」
「ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ有難かったわ。自分の分じゃなくても、こんなもの手にする日が来るなんて思っても見なかったから」
「これですべてうまくいくんだな」
「えぇ」
***
筋は通ってる。
「嘘!」
「本当だ。斉藤さんに聞いてみるか?」
携帯を取り出す。
父さんはどこかに電話して、何度も誤りながら理由説明した後に母さんに電話機を渡す。電話機の向こうから漏れてくる声からずいぶん賑やか、というか大阪のおばちゃんのような女性だということがわかる。
母さんは背水の陣ってな顔で、恐ろしいほどの冷たい声で相手に問いかける。だが、笑い声交じりの相手の声に押されてか、だんだん声は小さくなり、最後は、
「……そうだったの」
やっと納得言った様子。
十数分余計にしゃべって、やっと携帯をきる。
「ごめんなさい。私が勘違いしてたのね」
母さんは晴れやかな顔で父さんに笑いかける。
べたべたに甘々の普段通りの二人だ。
「帰りましょうか」
二人から離れた場所でぼぉっと川面を見ていた私に母さんが声を掛ける。私が一緒だって事、今回は覚えていてくれたらしい。この二人、時々私の存在を忘れ去ることがある。
「ところで話って何だったの?」
不意に思い出した様子の母さん。父さんは言いよどみつつも、覚悟を決めた様子で母さんに向き直り、
「美容補助食品、食べるのやめてくれないか?」
「……?」
「味が……変なんだ」
「……私、美容補助食品ってかなり前にやめてるわよ」
父さんも私も言われた意味を理解するのにちょっと時間がかかった。
「あなたがやめてくれって言うから」
軽く肩をすくめて見せる。
「でも、味が……」
父さんは気が抜けたような声で母さんの肩口に顔を寄せる。
「――美味い」
もうちょっと吸いたそうに父さん、母さんの肩口を見つめていたけれど、やっとのことで視線をはずし、
「……帰ろう……」
母さんの手を引いて歩き出す。こんなところで母さんが貧血起こしちゃ大変なわけだし。
「でも、どうして味が変わってたんだろ?」
私のつぶやきに父さんは苦笑するような声で、
「母さんが……嫉妬してたからだろう」
「まぁ、あなたが悪いのよ」
「すまん」
おーい、お二人さん。娘の目があるんですけど。
***
翌日、実家から帰ってくると杉田和泉も病院から退院して戻ってきたところだった。やっとあの血を吸える。
夜中、彼女が寝込んだことを確認し、勝手に作った合鍵で部屋に忍び込む。眠る杉田和泉の肩口に一口、口を付けて思わず吐き出す。
「何、この味は……」
表現のしようの無い奇妙な味。骨折で入院していたのだから、おかゆのような栄養価の無いものを食べていたとも思えない。
ふと、目に留まったのはベッド脇に設置されたフォトフレーム。ついこの間まで無かったものだ。シルバーのシンプルなフレームの中で、穏やかに笑う男性の顔。
「好きな人が出来たのか。こってこてだなぁ」
ため息ひとつついて私は彼女から離れる。また、美味しい血を持つ人間を探さなきゃならないのか。
あぁ、美味しい血が吸いたい。
終
『美味なる想い』をご覧いただきありがとうございました。
2004-03-02 ネタ帳漁ってたら出てきたのを補完。小説書くのに固有名詞って出さないほうが良いのかなぁと思って、出してないんだけれど、長いですよね、「健康補助食品」「栄養補助ドリンク」「美容補助食品」って。こういうものに手を出してないので、CMで見てるものくらいしか名前もわからないのだけれど。私はタイトル考えるのが下手だなぁとしみじみ実感。『美味しい想い』ってなんでしょう? 他にタイトルに良さそうな言葉を考え付かないのでどうしようもないですけれど。ちなみに主人公の女の子は高校生で、名前は
2004/04/20 改稿
2006/06/16 誤字脱字訂正
2012/01/18 訂正