女探偵と魔法使い

三.ミムラ

「ただいま……え? あれ、なんでここに、マサ――えぇっと……ミズホちゃん、こちらは?」
 慌ててミズホに相手の身柄を尋ねる。ミムラには男が誰だかよくわかっていたが、初対面のふりをする。
「今回の依頼主、マサチカさんです」
 言われ、マサチカは軽く会釈。ミムラも知らない人のふりして頭を下げる。
「アポは水曜に依頼人宅じゃなかったっけ?」
 自分用のインスタントコーヒーを淹れ、デスクチェアに座る。来客用ソファにはマサチカと向いにミズホ。ニ人の横顔が見える。ミムラは買ってきたポッキーを早速かじる。
 自分的にはかなり行動にぎこちなさが目立つが、ミズホもマサチカも気づいた様子は無い。ポーカーフェイスは苦手じゃない。
「先生、マサチカさんのことご存知なんですか?」
 ミムラはミズホの顔をまじまじ見つめ、気まずげに視線をはずし、言葉を濁す。
「……まぁ、ちょっと」
「どこで会ったのかな? 美人の名前を忘れたりなんてしたことないんだけど」
 マサチカも不思議そうに首を傾げる。額に手を当てたところを見ると、魔法で記憶を補強しているのだろう。意味無いのに。
「それより、依頼内容は?」
「奥さん探しです」
 ミズホの声に、ミムラは咳き込む。
「……は、はい?」
「奥さんに逃げられたそうですよ」
「逃げられたんじゃなくて、ただの家出だよ。妻の趣味なんだ」
「趣味が家出って時点でおかしいじゃないですか。やっぱりマサチカさんの浮気癖が――」
「浮気じゃないよ。僕は浮気なんてしない」
「浮気じゃなくて本気なのよね」
 ぼそりとつぶやいたミムラの声に、恐々マサチカがミムラを見やる。
「あぁ、そういうことなんですね」
 ミズホは納得顔。三白眼でマサチカを睨みつける。
「最っ低ですね」
『さい』に力を込めて言い、仕事モードの完璧笑顔になる。その変化に戸惑うマサチカ。
 ミムラはツッコむこともせず、ミズホのやりたいようにやらせる。それが一番スムーズに話がすすむ。
「それで、奥さまの名前や奥さまの写真や奥さまの――」
「申し訳ないんだが」
 マサチカはミズホの言葉をさえぎる。
「最初に言っておく。僕は彼女の名前しかわからない」
「はい?」
「妻は魔法が使えない。普通の人間なんだが、周囲が魔法使いばかりの中で育ち、暮らしていたものだから、写真も無い」
「お名前は?」
「フカムラメイ」
 メモ用紙に『深村芽衣』と書いてみせる。
「けれど、魔法には写真の変わりに立体映像みたいな記録を残すことができますよね?」
「残念ながら妻が映ったものはない」
「どういうことですか?」
 マサチカはお茶に口をつけ、気まずそうに間をおいて、
「これは絶対に秘密にして欲しいんだが、妻は特異体質でね。先生の言葉では魔法に嫌われているそうなんだ」
「嫌われる?」
「魔法がきかないというより、彼女が関係すると魔法が消える」
「それが特異体質ですか」
「あぁ。妻はハヤマサトリ先生の娘なんだ。だから、あまり人に言うことはできない。ここに依頼するのもそういうわけからなんだ」
 優秀な事務所だと人から紹介されたとマサチカはミズホに話す。
 ミムラは、母がマサチカにタネ明かししたのだと知り、落胆する。結婚する前に何度もマサチカに会っていたのだけれど、彼はまったくそれを覚えていなかった。結婚した後も一ヶ月ほどは一緒に生活していたが、それさえも彼は記憶していないだろう。
「魔法を使わないで」
 何度も言った言葉さえ、マサチカは覚えていなかった。メイの為、自分の為、いつも通りに魔法を使い、記憶を強化しようとして、メイのことを忘れるのだ。
 母からの直接の言葉であれば、マサチカは理解し、記憶するだろうことはわかっていたけれど、そうはしたくなかった。メイの体質を疑問に思い、理解して欲しかった。我がままかも知れないけれど、母は一時、魔法使いを辞めようとまでしてくれた。そういう気持ちを見たかった。
 最初から魔法使いでない人間と恋愛して結婚すれば良かったのだけれど、縁は奇なもの。思い通りにはいかない。
「逆玉の輿の上、浮気三昧。家出したくもなりますよね」
 同情的な口調でミズホは言う。
「君はキツイことをはっきり言うね」
 マサチカにしては皮肉な台詞。女性には誰に対しても優しい男だから珍しい。
「それが私の良いところです」
 にっこり。対するミズホは嫌味なんて何のそのな笑顔。まったくダメージを受けていない。完全にミズホのペースだ。
「それで、奥様の特徴や、性格や趣味や――」
「先ほど言ったとおりわからない」
「わからない」
 声に出して紙に書き、
「名前以外、何もわからないってことですか?」
「あぁ」
「いつ頃家出したかは?」
「それもわからないんだ」
「本当に結婚してたんですか?」
「結婚はしてる。家もあるし、彼女の荷物もある」
「妄想じゃない、と」
「……妄想だったら楽なんだけれどね」
 疲れきった笑顔。
「どうしましょう、先生」
 どうしたら良いだろう、私。
 今、ここで私がその妻だと名乗り出るのが早いが、そういうわけには行かない。何もかも、マサチカに忘れ去られている現在、名乗り出たところで偽者としか思われないだろうし。
「ハヤマサトリのオフィスとマサチカさんの家と、ハヤマサトリの家を探索するということで、良いですか?」
「……それ以外ないわね」
 探偵として動くにはそれしかない。失踪人の周囲を探っていくしか。でも、自分のことを自分で探るって変な気分。
「待ってくれ。彼女の周囲はずいぶん調べたけれど、何も見つからないんだ。だから君たちが探索する意味が無いと思うんだが」
 魔法を使って調べてわかるわけが無い。証拠となりそうなものはすべて消えたはずだ。魔法に嫌われているってこと、マサチカは理解しきれていないようだ。
「意味があるか無いかは、私と先生が決めることです。善は急げといいますし、早速。先生――」
「何?」
「お出かけです」
「あぁ、はいはい」
 席を立つ。バイト、今日は休みでよかった。

 タクシーでハヤマサトリのオフィスが入っているビルまで移動する。タクシー代はマサチカが払う。持ち合わせなど無い。
 目の前には大きなビル。何度か来たことがあるけれど、やっぱりでかい。見るたびに大きくなってる気がする。
 玄関を入り、エレベーターに乗る。普通の人間の来客用に魔法局ビルとはいえ、きちんとエレベーターだの非常階段だのがつけられている。ほとんど使われていないと思うが。
「受付嬢、あれって人形ですよね」
 ミズホは楽しげだ。魔法を見慣れない人間には、このビル中は何でも物珍しく映る。魔法局は魔法の展示場みたいな面もあるから。
 受付上は三人並んでいたけれど、どれも同じ顔。同じマネキンを用いて作っているのだから当たり前。
「先生が作った受付人形だよ」
 マサチカは嬉しげに答える。母を尊敬しているだけなのか、それとも好きなのか、その違いがわからない。マサチカの言動にいちいち嫉妬していたら、身が持たない。
 ミムラは不必要に物に触れないよう、注意しながら進む。自分がただいるだけで、消える魔法もあるはずだ。ここには来たくなかったが、そうも言っていられない。

「ようこそ」
 たどり着いたオフィスで、ハヤマサトリは待っていた。漢字で書くと羽山聡里。一見すれば、年のいったキャリアウーマン。渋い色のツーピーススーツ姿なので、魔法使いには見えない。
 こちらの動きは受付嬢で見ていたのかもしれないし、マサチカの気配を読んだのかもしれない。
「どうも」
 何と言って良いものか考えあぐね、結局ミムラはそれだけ言って、勝手にソファに座り込む。母は慣れた様子でミムラにひざ掛けをかける。封じの魔法が何重にもかけられた糸で織られた布。母と対峙するときは、たいてい、この布を身にまとう。周囲に迷惑をかけない様、ミムラにとってもお守り代わり。
 魔力を減退させるお茶を母が自ら淹れ、ミムラに出す。苦くて渋いそれにミムラは口つける。ミムラは魔法が使えないが、魔力が無いわけではない。ミムラは自信で意識せず、周囲の魔力を消す方向で魔法を使ってしまう。
「先生、ここに来たことあるんですか?」
「ちょっとね」
 ミズホに言われ、ミムラは言葉を濁す。
「探偵さん、先生のお知り合いだったんですか」
 こちらはマサチカ。驚き顔。そうだろう。マサチカが秘書になって数年。彼の知らない来客者は無いはずだ。そのために彼は日常的に記憶強化の魔法を使っているわけだし。
「探偵には色々あるのよ」
 ポッキーをかじる。酒もタバコも苦手だけれど、これだけはやめられない。
「素敵です」
 ミズホは両手を組み合わせ、感激顔。探偵だからといえば、何でも信じこむ所がある。
「それで、何の用なの? アポもなく、皆さん」
 ミズホとマサチカに魔法でお茶を出している。本当ならば秘書であるマサチカの仕事。マサチカは恐縮している。
「すいません、先生」
 マサチカが頭を下げる。
「彼女達はメイを探すために雇った探偵とその助手です」
「助手の佐武瑞穂です。こちらは探偵のミムラです」
「ミムラ、ミムラって名前なの?」
 母が笑い出す。深村の読み方を変えただけだから、実にわかりやすい偽名。
「ミムラ――なんて名前にしたの?」
「ミムラメイ」
 腹が立つので名詞を渡す。ミズホが家庭用パソコンで作った、やたら可愛らしいデザインの名詞に『探偵 深村名 みむらめい』とルビ付で印刷されてる。
 笑う母をマサチカもミズホも困惑顔で見ている。いい加減、笑いやんで欲しい。
 しばらく笑ったのち、母はやっと収まった様子で、
「で、ミムラさん」
 楽しそうな顔。ミムラはうんざり顔。
「はいはい」
「うちの娘は見つかりそうなの?」
「さぁ……どうなんでしょうね」
 マサチカを見やる。
「本当に見つけて欲しいの?」
「見つけて欲しい」
 マサチカは真剣な顔。この顔にだまされる女性は多い。マサチカは女性なら誰にでもこんな顔ができる。
「わかった、探してあげる。でも、一つ約束して。私がいるとき、絶対に魔法は使わないで」
「……どうして?」
「私、魔法が嫌いなの」
 布を身にまとったまま歩き出す。ミズホが楽しみにしてた実家と家を観光して帰ろう。


四.サトリ

 メイとミムラが出て行った事務所は、何だか淋しくなった。いつもどおりなのに。
 結婚する前も、メイはここにあまり来たりはしなかった。職場だからというより、自分の体質があるから遠慮していた。
 久々に見た娘の顔は元気そうだった。ポッキーばかり食べているのは相変わらず。
「先生、どうしたんです? なんだか楽しそうですね」
 マサチカに言われ、
「そう?」
 ごまかす。
 魔法を使わなければ、マサチカもメイのことを忘れはしないのに、仕事上仕方ないとはいえ、彼は家庭より仕事を優先させた。体質を明かさなかったのはメイの賭け、もしくは祈りのようなものだと思う。
 魔法を無効化させる体質。それが自分だったら、どうだろう。この虚構ばかりの世界で、自分だけそれが通じないとしたら……とても、恐ろしいことだと思う。普通の人間の家庭に生まれていれば、あの娘ももっと幸せだっただろう。不憫だ、不幸だと言ってしまえば簡単だけれど、それは言ってはいけない言葉。哀れむ言葉は彼女を鞭打つだけだ。
「メイが、早く見つかれば良いわね」
「何だか他人行儀ですね」
 マサチカが恨みがましい顔をする。
「そうかしら? 紹介した探偵さん、心強い感じでしょ?」
「それは……まぁ」
「しかも、美人だし」
「……そうでしたか?」
 早くもマサチカは忘れはじめてる。記憶強化魔法はマサチカにとって癖のようなものとはいえ、気づけば良いのに。気づいてくれれば良いのに。
 これ以上の忠告は、メイが気分を害するだけ。これ以上、親が口を出してはいけない。彼女には彼女の考えがあるのだから。
「探偵さんたち、次はどこに行くの?」
「先生のうちと僕の家だって――彼女達、場所わかってるのかな? 交通機関も無いのに……すいません、また出かけます」
「えぇ、あの二人をしっかり案内してあげて」
 笑って見送った。

前へ | 目次 | 次へ

『女探偵と魔法使い』をご覧いただきありがとうございました。

2009/04/15 2007年に書き上げようと思っていた小説。ずいぶん前だよ。
2009/07/05 UPするのを忘れてた。。。
2012/01/18 訂正

©2001-2014空色惑星