女探偵と魔法使い

女探偵と魔法使い

一.マサチカ

 改めて見ると、我が家の大きさに圧倒される。ヨーロッパ風のしょうしゃな邸宅。普通にサラリーマンしていたら、こんな家になど住めはしない。というか、一生かかってもこんな屋敷を手に入れることは出来ない。
 表札を見る。自分の苗字である『深村』の文字。魔法使い同士だと、苗字を名乗るなんて事はあまり無いし、漢字を使うことも少ないから少し不思議な気分。その苗字の上に、魔法使い認証の紋章。
 この町内は魔法使いが多く、玄関と庭だけはやたら大きいが、母屋はほぼ無いというのが通常だ。屋敷内部は異空間に好きなだけ増設できるから。けれど、この家は違う。先生が娘の為に張り切って立てたこの屋敷は、普通の人間の家と同じように、現実的にでかい。
 僕はマサチカ。魔界屈指の実力者であるハヤマサトリ先生の弟子をしている。普通の人間で言うところの秘書のようなものだと考えてもらえば早い。先生には数人のお子さんがいて、僕はその中の一人、メイと数ヶ月前に結婚した。
 新婚なのだが、すでに仮面夫婦の体をなしている。メイは引きこもりに近く、暗い性格なのか、話しかけても返事を返すことも無い。結婚式で会った時、ベール越しに見た顔は悪くなかったが、すでにどんな顔をしていたのか忘れてしまった。一番近くで顔を会わせたのは、あの、結婚式のときが最初で最後だ。
 僕らは先生に言われるがまま、結婚することになり、式も、この家も、先生が決めた。結婚翌日からこの新居での生活が始まったものの、多忙な先生の弟子である僕は、先生以上に多忙だし、この家は職場から少し遠い。結婚してすぐは、この家から職場に通っていたが、メイとの距離も縮められず、疲れた僕は結婚前に関係を切ったはずの女達との付き合いを再開させた。最近は彼女達の家を泊まり歩いていることが多い。
「ただいま」
 玄関ドアを開けるだけでストレスが溜まる。メイは先生と違って魔法が使えないというから、僕との連絡用に携帯を持っているが、結婚してから一度も鳴ったことがない。メールも無い。使い方がわからないのか、彼女も僕に興味が無いのか。
 彼女との結婚は、僕が先生に必要とされているという認識を深く受け止めさせてはくれたけれど、新たなストレスが生まれたことも事実だ。
「おかえりなさいませ」
 返事を返してくれたのはメイドさん一号。先生が魔法で作りあげたもので、完璧な造形をした人形だ。かりそめの魂が与えられているから、動くことができるが、あらかじめ教え込んだ行動しかできない。
 一号にカバンをあずけ、家に上がる。塵一つ無い廊下。家の中は静まり返っている。
「メイは?」
「おやすみでございます」
 現在時刻は真夜中。彼女は寝ているのが好きなようで、夜は早く、朝は遅くまで寝ている。朝、食堂で顔を合わせることがあるものの、長いテーブルの端と端。互いの顔のパーツがはっきり見えない、そんな距離。話しも出来ず、話しかけてもメイは返答をせずで、僕はメイドが作った朝食を食べ、出かける。結婚して一年近くなっても、僕らの間には夫婦というより、友人関係以前のコミュニケーションしか取れていなかった。
 眠りにくいからと、寝室は当初から別々。奥の部屋にあるドアを横目に、自室に入る。広い部屋に天蓋つきの大きなベッドが一つ。眠るためのこの部屋は完全防音。遮光カーテンも良いものが取り付けられ、完全な暗闇にすることができる。ドアも分厚く、ノックの音さえ聞こえにくい。
 落ち着かないから小さな音でテレビを付け、一番暗く部屋の照明をつけてベッドへ潜り込む。夫婦ニ人暮らしでも広すぎるこの屋敷だというのに、自分一人しかいないような錯覚を覚える。後ろめたさを感じて自分の家に帰ればこの有様。女の家の方が落ち着く。なかなか寝付けず、夜明け前にようやく眠りに落ちる。明日というより、今日が昼からの勤務で良かったと思う。

 目覚めて食堂に下りる。昼食を取るためか、テーブルの奥にメイの姿。
「おはよう」
 挨拶するが、いつも通り無視される。意思疎通の取れない女だ。先生の娘でなければ、かかわりたくも無い。朝からストレスを溜めたくも無いので、その後は僕も無視してメイドが用意した食事を済ませ、家を出る。次にこの家へ帰ってくるのはいつになるだろう。
 公共交通機関を使って、職場に到着する。魔法のほうきだの、魔法の絨毯だのの乗り物は、免許取得手続きが面倒なのと税金が高いこと、そしてプライバシーが無くなるために僕は遠慮している。この国では、ただでさえ魔法使いが少ないから、街中で悪目立ちするのだ。
「おはよう。久々に家から出勤?」
 挨拶を返す前に先生に言われる。先生は硬い、濃紺のスーツ姿。一見すると政治家のような雰囲気。公式な場では黒いマントを羽織るものの、一般的な魔法使いのようにローブを着たりはしない。先生に合わせて、この事務所で働いている人間は、皆スーツだ。
「いつも家から出勤してます」
「そう?」
 咎める風はなく、ただからかっている様子で言葉を続ける。
「いつも付けてる胸焼けしそうな女物の香水の匂いがしないから」
「……先生、冗談きついです」
 何とか先生から目をはずし、笑い飛ばす。背中に冷たいものが流れるのを感じる。先生には何でもお見通しだ。女の名前や、女の家の場所を当てられたこともある。
 わざわざ公共交通機関を使い、魔法を使わず行動しているというのにこれだ。魔法を使っていれば、魔力の痕跡で何時何分にどこの店のどの位置で、誰と何を注文し、料理をどういう順番で食べたかさえ知れ渡ってしまうだろう。先生はそのくらいの芸当をやってしまえる能力の持ち主だ。
「私は別にかまわないわよ。義理の息子に何人女がいようと。マサチカは私の旦那じゃないからね。メイは何か言ってる?」
「何も」
「へぇ」
 先生が裏のあるような返答をするので、ついつい返してしまう。
「彼女は魔法が使えませんから、先生のように気づいてないんだと思います」
「メイがそんな風に言っていたの? 仕事が忙しいだろうから新婚の夫が家に寄り付かないって?」
「いいえ」
 話を切り上げたいが、そういうわけにもいかない。上司であり、義理の母なのだから。
「メイは、先生の仕事のことをよくわかっていますから何も言いませんよ」
「ふーん。マサチカ、あなたメイに最後に会ったのはいつ?」
「今朝――昼前、一緒に食事しました」
「それ、本物のメイだった?」
「偽者がいるんですか?」
「はっきり確認したのか聞いているの」
「確認って……食堂のテーブル、長いじゃないですか」
「端っこ使ってるの?」
「そうです。メイがそうしたいって」
「ほぉ。ってことは初日からってことね?」
「どうだったかな……それが何ですか?」
「我が娘ながら、実に計画的に、すばやく行動したものだと感心しているの」
「何のことです?」
「家出」
「家出?」
 思い当たる節は無い。
「何のことです? メイは家にいますよ?」
「嫁いだ娘のことだから、私はかまわないわ。一年くらいは家にいるだろうと思っていたんだけれど」
 先生は怪しく笑って、仕事を始める。僕もそれ以上無駄話が出来ない。
 申請された新しい魔法が理論的におかしくないかをまず書類で確かめ、スペルミスや魔術式に誤りが無ければ、申請どおりの効果が現れるか実演。申請通りだと認可、少しでもミスがあれば却下する。特許のようなものだと思ってもらえれば良い。
 以前は、魔法なんて個人で研究して魔術書を書き上げて死んでいく魔法使いが多かったが、普通の役所に習い、魔法局が出来てからは、魔法を一元管理している。今でも、局を通さないで新しい魔法を作り出している者もいないではないが、局が出来て、魔法は飛躍的進歩を遂げるようになったから、面倒な申請書類の作成にも、意欲的、協力的な魔法使いが多い。
 ただ最近は自分の名前を後世に残したいがための、細かな魔法、せこい魔法が多く、申請魔法が山のようにある。だから、忙しい。魔術式に長け、魔法に通じた魔法使いでなければ、なかなか仕事がはかどらない。そんな魔法使いなど、この国にはほとんどいないから、先生は忙しい。
 僕らはそんな先生が読む前段階で、書類のチェックや、簡単な魔法であれば実演、申請書類の書き方の指導、認可された魔法の整理などをしている。
 定時で仕事が終わり、どこへ帰ろうかと思案する。先生の朝の言葉が気になり、足は勝手に家へ向っているのに気づいたのは電車に乗ってニ駅も過ぎた頃。先生にそう仕向けられた気もするが、偽者のメイというのも気になる。

「ただいま」
 迎えてくれたのはメイド一号。いつも通りの態度。寸分狂わぬ様子。
「おかえりなさいませ」
「メイは?」
「おやすみでございます」
 いつも通りだな、と思って首を傾げる。まだ夕方。時間が早すぎる。
「もう寝ているのか?」
「おやすみでございます」
 変わらない台詞。寝るのが趣味だといっていたら、そんなものなのだろうか。
 食堂へ向う。
「いるじゃないか」
 長いテーブルの向こう。朝と同じ姿でメイが座っている。
「メイ」
 呼びかけてても答えない。これもいつも通り。
「いい加減にしてくれ。僕のことが嫌いでも、返事くらいしてくれてもいいだろ」
 そう言っても彼女は無言のまま。立ち上がり、歩み寄る。
「……メイ……?」
 そこにいたのは、メイの格好をさせられたメイド六号。メイドたちは同じ顔だが、頬に六の文字が印字されているから間違いなく六号だ。
「メイは?」
「おやすみでございます」
 一号は淡々と答える。嫌な予感がして、階段を駆け上がる。メイの部屋のドアをノックする。鍵はかかっていない。入る。
「メイ!」
 ベッドには人のふくらみに山。布団を剥ぎ取る。メイド四号。
「メイ! メイ! メイィィィ!!」
 呼ぶが、答える声は無い。いつから彼女は居ない? 考えるがわからない。探さなくては……そこで彼女の顔も声も記憶していないことに気づかされる。
 いや、慌てる必要なんて無い。結婚式の様子を魔法カメラで撮影して保存している。呼び出す。綺麗に映された立体映像。あの日の臨場感そのまま、綺麗に映し出されている。ただ、メイがいる付近だけが妙に霧がかかったようにぼやけ、かすれている。まともに映っているものはない。メイの声もなぜだか不鮮明。そこだけ、部分的に消されたように。そんなことをやってのける魔法使いなんて聞いたことが無い。どんな能力なんだろう。
 魔法使いしか出席していない式。フィルムやデジタル写真なんて一般的な記録方法は取っていない。魔法で自分の記憶を強化する。彼女はがどんな顔で、どんな声をしていたのか、思い出そうとすればするほど記憶は曖昧になり、ぼやけていく――。彼女は本当にいたのだろうか。彼女の存在はまぼろし、もしくは幽霊のようだ。
 僕が結婚していたのはどんな女性だった?
 メイという名前以外思い出せない。崩れ落ちるような喪失感。同時に湧き上がる興味。
 携帯は何度鳴らしてもつながらない。使い慣れないメールを何通も送るが返答は無い。魔法が使えない人間が持っているはずの写真を彼女は一枚も持ち合わせていない。アドレス帳もなければ、親しい人間もわからない。
 家中、メイの手がかりを求めてあちこちひっくり返す。女物の衣服。僕の知らない小物。携帯は電池切れでベッドの中に転がっていた。メイはまぼろしなんかじゃない。確かにメイと僕は一緒に暮らしていたのだ。
 僕が結婚していたのはどんな女性だった? わからない。何も思い出せない。僕から逃げていく女性なんて……彼女のことが知りたくなった。

 翌朝。久々に寝坊してしまった。明け方まで家中ひっくり返していたのだから、仕方ないといえばそうなのだが、そうは言えない。
 小さくなりながら職場に入る。席は先生の一番近く。朝一で会議が無かったのが幸いだが、言葉もない。
「おっ……お早うございます…………」
「お早う、珍しいわね。遅刻なんて」
「すいません」
 先生に言われ、慌てて謝る。流しの魔法の絨毯を捕まえ、家から急いでやって来たものだから、身だしなみも最悪だ。
「本当にすいません」
「いいのよ」
 先生は涼しげに言い、先生と僕の周りだけに小さな結界を張る。内緒話をするとき便利だ。
「メイ、やっぱり家出してた?」
 魔法使い同士、しかも技量が上の相手に対し嘘をついても意味が無い。肯定する。
「そんなことだろうと思ったわ」
「あの、どうして」
「メイは魔法が使えないんじゃなくて特異体質なの。魔法を無効化しちゃうのよ。結婚式のときは私が丹精こめて作った結界をメイの周囲に張っていたから、あの時間だけは何とかなっていたけれど」
 先生は苦笑しながら肩をすくめる。
「久々に魔法カメラで映した写真見たら、画像がぼやけていたから」
「周囲の魔法を無効化させる影響を与えるってことですか?」
 先生は難しそうに微笑む。
「あの娘は魔法に嫌われてるのよ。これ、トップシークレットだから誰にも言っちゃダメよ。言ったら酷いことになるからね」
 怪しく笑って、話は終わりとばかり結界を消す。言われなくても誰にも言えない。魔法を使えない妻を娶っているだけでも、魔法使い内では馬鹿にされるのだから。
 先生は机からメモ用紙を取り出す。
「あの娘が立ち寄りそうなとこ。たぶん、見つからないと思うけど」
 先生の予告どおり、どこにも彼女の影は無かった。彼女はどこに行ったのだろう。そして、彼女はどんな女性だったのだろう。


ニ.ミズホ

「先生、やりました! 仕事の依頼です!!」
 ミズホは喜びの色を隠し切れず、電話を切ると思わずガッツポーズをとる。肩ほどの栗色の髪がゆれ、猫の目のように釣りあがった目が喜びに輝く。目の下の泣きボクロが彼女の印象を柔らかにするものの、気の強そうな印象を払拭するには足りない。
 ミムラの助手になって半年。逃げ出したペットの捜索だとか、下水に落とした指輪の捜索だとか、おおよそ何でも屋と変わりない日々を送りつづけてきたけれど、やっと。やっとまともな事件の依頼だ。
「ミズホちゃん。探偵は常にポーカーフェイスを心がけなきゃだめよ」
 怠惰にポッキーを食べていたミムラは、シャキリと姿勢を正し、机の上に散らかってる雑誌やお菓子を引き出しに押し込む。
 ストレートロングの綺麗な黒髪。黒のワンピースに赤いジャケットを羽織った目つきの悪いのがミムラ。
 仕事モードのミムラと普段のミムラは見事に別人だ。いつもながらに感心しつつ、ミズホは濃い、ブラックのコーヒーを淹れる。
 ミムラの探偵事務所兼彼女の住居であるこの部屋は本来ミズホの部屋だ。行くところがないミムラと同居している。
「で、依頼の内容は?」
「行方不明者の捜索だそうです。詳しい話は来週の水曜日、依頼人の家です」
「……それ、オッケーしたの?」
「はい!」
 元気に答える。
「家ってどこ? 交通費をどうやって捻出するわけ?」
 頭が痛いとばかり、ミムラはため息をつく。毎日が休業状態の今、生活費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ってる状態。
「でも、依頼者ってハヤマサトリの関係者ですよ?」
 ミズホは不思議そうに問い返す。
「――え?」
「先生、ご存じないですか? ハヤマサトリって魔法局の凄腕の大物女性ですよ? テレビや雑誌にもよく出てるじゃないですか」
「知ってるけど……魔法使いなら、何で自分で探さないのよ」
「探せない事情があるんですよ、きっと」
 ミズホはにんまり笑う。きっと裏でドロドロした事情があるのだろう。それに、今話題の魔法局とかハヤマサトリの家とかを訪れることができるかもしれない。
 そんなミズホの期待を他所に、ミムラは面倒くさそうにため息をつく。
「私、魔法使いとは体質的にあわないのよ。その仕事はキャンセル――」
「できません」
 ミズホは慌てて言葉をさえぎる。
「出来るわけ無いじゃないですか、先生。やぁぁぁぁっと、探偵らしいお仕事が出来るんですよ。絶対にやります。やっていただきます」
 嫌がる探偵を他所に、助手のミズホは燃え上がる。こうなってはとめられない。
 ミムラはポッキーを買ってくると部屋を出る。
「先生、どうしたのかしら?」
 考えてもわからないので、そこで思考をやめる。考えてもわからないものを悩む程、無意味なことは無い。
 電話が再び鳴る。
「はいはーい」
 受話器を持ち上げると、場所を変えたいと先ほどの男性の声。柔らかな響き、聞き心地の良い声。間違いなく先ほどの電話の人だ。
「うちの場所を言った所で、魔法使いじゃない君たちには来るのが難しかったね」
 人間が多く住む地域は公共交通機関が発達しているけれど、魔法使いが多く住む地域はそうは行かない。自前の魔法のほうきや絨毯を使用している人たちが多く、能力の高い魔法使いはテレポーテーションなどできるので、移動手段が無いといったほうが早い。
「お家、魔法使い住居区でしたね」
「しかも、高台の上なんだ。見晴らしは最高だけれど、最寄の駅からタクシーで来るにしても距離があるからね。
 それで先生に話をしたら、オフィスを使っても良いって許可を得たから、そちらにしてもらえるかな」
「本当ですか!?」
 オフィスの入っているビルは郊外とは言え、交通機関でいけるところ。魔法の実演をするからと、ドームのような大きな建物が付属している。
「その様子じゃ、場所はわかってるんだね」
 優しげな笑い声。馬鹿にしているのではない、一緒に笑いたくなるような。
「マサチカさんって、結婚してるんですか?」
 ミズホの問いに、マサチカは一瞬声を詰まらせた。
「……あぁ、してる」
「じゃ、不倫してるでしょ?」
「――え?」
「女の人にモテるでしょう?」
 矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「違いますか? そんな感じしますけど」
「いや、まぁ……えぇっと。褒めてくれてるのかな?」
「全く褒めてないですよ」
 ミズホはあくまで笑顔。かけらも悪意は無い。だから、性質が悪い。
 ミムラの探偵の腕がいくら良くても、仕事が少ないのは助手のミズホの責任が多分にある。本人は理解していないところだけれど。
「面白い娘だね」
 マサチカは苦笑しながらも気分を害した様子なく、言葉を返す。そこでよせば良いのに、とめるミムラがいないものだからミズホは言葉を重ねる。
「探し人って奥さんでしょう?」
「……君にはかなわないな。そうだよ」
「どうして、うちに仕事を? ありがたいですけど、魔法で探したら良いじゃないですか」
「ちょっと事情があってね。詳しいことは後日――まぁ、僕の方も時間あるし、今からでも良いか。今からそっちに行っても大丈夫かな?」
「えぇ――」
 うなづいた途端、近くにマサチカが現れる。
「やあ」
 片手を上げて軽く微笑む。声通りの柔和な印象の男性。一瞬反応が出来なかったものの、ミズホは勢い込む。
「魔法ですか! すごい! 始めて見た!!」
「喜んでもらえて何よりだよ」
 手から花を取り出し、ミズホに渡す。ミズホが触れた途端、それは蝶に代わり、手が伸ばせない場所でシャボン玉に代わり、やがて消える。
「ぉお」
「そんなに喜んでもらえたら嬉しい限りだね」
「魔法って、こういう女性をたらしこむものもあるんですね」
「たらしこむって……」
 苦笑しつつ、マサチカは薦められたソファに座る。ミズホはお茶を出す。そんなところにミムラは帰ってきた。

前へ | 目次 | 次へ

©2001-2014空色惑星