森

 四.

 翌朝、ローラはまたサラのもとに訪れていた。サラはローラの姿を見つけると、あいさつもせず、
「あなたは人の命よりも森の命の方が大切だと考えていらっしゃるんですか?」
 殴りかかるような勢いで尋ねかけた。ローラは魔王独特の、感情のない顔をして、
「何故?」
 と答える。サラはしばし考え込み、必死な様子で話し始めた。
「レイチェルが魔法を使えないために、自分の魔力で死にかけているんです。あなたも魔女であれば、魔王になれるほどの『力ある魔女』であるのならばご存じでしょう。
 魔女は魔法を使うことによって、大気を活性化させ、森が育ちやすい大気を生み出すことが出来ます。森はその大気によって成長し、大きく深く広がっていく。大気は人間にも魔女にも生きてゆく上ではなくてはならないもです。
 けれど、魔女は森が大きくなればなるほど、魔法が使えなくなる。魔法を使えば木々が傷つき、悲鳴を上げるから。魔女は森の声が聞こえるが故にその悲鳴に耳をふさぐことが出来ない!
 だから、魔女は森では魔法が使えない。けれど、、魔力の強い魔女は魔力を自分の肉体にとどめることが出来ない! けれど、魔法は森を傷つける――――悪循環の繰り返しでしかないじゃないですか!」
 サラの目には涙が光っている。けれど、ローラはただ、能面のように表情をあらわさない。
「レイチェルは『力ある魔女』です。でも、彼女は森で魔法が使えない。『力ある魔女』であるために、彼女が魔法を使えば、森が傷ついてしまうのでしょう」
 サラは言葉を詰まらせる。ローラは深い声でサラが言おうとしていることを話し始める。
「この森は気候が安定している。その上、まったく天災らしきものもない。だから、魔法を使ってまで森を育てる必要はない。
 だから、『力ある魔女』は森の外に出て魔法を使うより他、生きるための道はない。けれど、レイチェルは体が弱いから外に出て生きていくことなど出来そうもない」
 ローラの言葉にサラは唖然とした顔をし、聞いていたが、やがて、怒りの感情を押し殺した声で、言った。
「それでも、結界を解こうと思わないんですか? あなたは、人の命よりも森のほうが大切だと考えていらっしゃるんですか?」
 サラの言葉にローラは目を閉じ、しばらく沈黙していた。が、やがて、目を開き、サラをまっすぐに見つめ、尋ねた。
「あなたには森の声は聞こえる?」
 その質問に、サラは戸惑いの色を隠せない。
「森の声……ですか?」
「そう、森の声。この世界の森達はいつも幸福の歌を歌っているわ。けれど、向こうの世界の森達ときたら、いつも悲しみと嘆きの言葉ばかり。私は……だめなのよ。森達の悲鳴を聞くのは耐えられない……」
 ローラは自分の口から発せられた、その嘘に満ちた言葉に呆れる。悲しみと嘆きの歌ばかり歌っているのはこの森の木々。魔女が安心して暮らせる楽園のために、この地に閉じ込められた、この森の悲鳴。
「でも……」
 サラが声をあげる。
「ごめんなさいね。でも、私には本当に耐えられない……」
 この森の悲鳴以上に、多くの力ない魔女たちが魔女狩りにあうことなど……。
「それは向こうの、人間の世界の森を見捨てているだけではないですか! あなたは、あなたは耳をふさいで森の声を、悲鳴を聞かないようにしているだけではありませんか!」
 サラの言葉がローラの心に突き刺さる。こうやって真実を突きつけられることは、鋭利な刃物で傷つけられるよりも今の、魔王であるローラには堪える。ローラは魔王、魔王は魔女の中の誰よりも森の声を聞き、森のために命を削る。森の悲鳴が聞こえなければいいと、どれほど願ってきたことだろう。どれほど思ってきたことだろう。
「……違う……」
 ローラは苦しげに呟く。この森中に満ちる悲鳴の中で、魔王として、暮らしてきたのだ。力ない魔女のために、この森の悲鳴に耐えてきたのだ。
「お願いです、結界を解いてください! 世界を一つにする以外、森も魔女も人間も幸福になる方法はないんです! お願いです!」
「少し……考えさせてください」
 それだけ言い、ローラは魔法で瞬間移動した。

 五.

 この森は『魔王の森』などという、呼ばれ方をしているが、細かく見ると四つの森の集まりである。北よりにあるのが『ヒラリーの森』、西南よりにあるのが『デイジーの森』、東よりにあるのが『ビビアンの森』。そして、それらの中心にあるのが『魔王の森』である。魔王は普段、『魔王の森』の中心にある『魔王の神殿』、『世界樹』ともいえる木に閉じ込められている。三人の聖霊は三つの森の中心でそれぞれ、印として眠っている。

――もう、ダメかも知れない。

 ローラは『ヒラリーの森』を訪れた。
 長い金髪の少女が、巨大な木の洞の中で、木々の根に抱かれて眠っている。ほんのひと時ばかり眠っている間に、木々の根が伸びてしまったかのような雰囲気を受けるが、そうでないことをローラは知っている。眠っている少女と約束したのだ。少女が再び目覚める時は、新たな魔王が誕生するとき、もしくはこの森の結界が解かれるときだと。
 そっと静かにその頬に触れる。少女はうっすらと目を開く。
「……ローラ……?」
 長いときを経たというのに、ヒラリーはローラのことを覚えていた。ローラはうっすらと涙を浮かべた顔で頷く。少女は手で髪を梳きながら起き上がり、
「決心したん?」
 硬い表情で尋ねる。ローラは唇を噛み締め、首を横に振る。
「……わからないの……」
 小さな呟きに、ヒラリーは首をかしげる。
「……私は……どうしたらいい? 結界を解いたら多くの魔女が殺されるかも知れない――けれど、解かなければ森が死んでしまう……」
 泣き出す――外見だけでいえば二周りは年上のローラに、ヒラリーは鋭い声をかける。
「ローラ、あなたは魔王なんよ。この森も、魔女もみんなあなたがあって初めてあるようなもんなんよ。長であるあなたがそんなんでどないするの? 私を起こしたってことは、結界を解くってことやろ?」
 そう言っておいて、優しくローラの肩を抱く。
「泣かんでもええよ、ローラ。……この楽園は人間が成長するまでの期間やって、いつかこの結界は解かなあかんて初代魔王も言うてはったことやし……」
 ローラは涙を流しつづける。
「ほら、ローラしっかりせな。あなたがおらな、この森も、魔女もなにもできへんのやで。
…………ローラ、解放されるんや、やっと……。もっと喜ばなあかんて、な?」
 ヒラリーはローラを立たせ、その涙を拭ってやる。
「ほら、ビビアンとデイジー起こしてきて」

――結局、魔王という存在は私には重すぎたのだ。

 ローラは『ビビアンの森』を訪れた。
 青みがかった黒髪のショートヘアの少女が巨大な木の洞の中で、木々の根に抱かれ、眠っている。ローラはそっと静かにその頬に触れる。少女は何度か瞬きをし、彼女を覗き込む顔に焦点を合わせると、寝ぼけ声で呟いた。
「……おはよ、ローラ。あんた老けたなぁ……」
 ローラはにっこりと笑い、頷く。
「で? ヒラリーは何て?」
「結界を解いても良いと。それは初代魔王が言ってたことでもあるって……」
「そぉか、それなら好きにせぇ。うちはもうええから」
 そう言って、もう一度寝ようとでもするように寝転ぶ。
「ビビアン……」
「何泣いとんねん、辛気臭いやっちゃな」
 ビビアンは後ろ頭を掻きつつ、起き上がり、
「えぇか、ローラ、よぅ聞け。世界は、今を生きとるもんのためにあるんや。魔法陣を解いたときうちらがどうなるかって涙なんか流さんでええ。うちらは『印』になる時点でもう、死んだもんやと考えとんやから。あんたが泣いたら、決心も鈍るやないか」

――やっと、開放される……?

 ローラは『デイジーの森』を訪れた。
 赤いおかっぱ頭の少女が巨大な木の洞の中で木々の根に抱かれ眠っている。ローラはそっとその頬に触れた。
「……もしかしてローラ?」
「ええ」
「うっそ、何その髪の色? なんであんなキレイだった若葉色の髪がそんな黒くなっちゃうの?」
「……そういう家系だったのよ」
 デイジーはじっとローラの目を見つめる。
「目も黒くなっちゃったんだ。私好きだったのにな、あの春の木々と同じ色した髪も……それと同じ色した目も」
「ごめんなさいね」
 ローラはわけもなく謝る。
「……ローラが私を起こしたって事は、結界を解くの?」
 ローラはデイジーから目をそらし、
「ええ」
 呟くような声。デイジーはそっとローラに近づき、
「わっ!」
 耳元で大きな声を立てる。
「な、何?」
 ローラが慌ててデイジーを見る。
「そんな悲しそうな顔しないでよ。悲しいのはこっちよ。人生立った十五年で終らされてんだもん」
 ローラが言いかけるのを止め、大きく伸びをする。
「ちょっと謝るのはなし。ローラのしたことじゃないんだし、私もその時、この人生を受け入れたんだし。なんか変な感じよ、こうやって体があるのって」
 そう言って笑った。

 六.

 儀式は、月が真上に昇るとともに始められた。強い魔法を使うためには魔力を高める必要がある。魔力を高めるには満月、印、魔法陣、魔力を秘めた宝石、呪文を縫い込んだ魔女特有の衣装、歌、踊り……それらが、とても複雑に組み合わせることで強い魔法が使える。
 魔王は世界樹の根本に巨大な魔法陣を書き、魔力を高めるための呪術的な文様、宝石のついた服装をし、体中で印を結び、長い呪文詠唱のための独特言い回しをした呪文を唱えた。
 三つの森でも同じようなことを三人の巫女聖霊がしているに違いない。
 ふっとサラと目があう。

――ありがとう。

 何故だか胸に浮かんだ。
 満月が真上にある時から始められたそれは、うっすらと日が差し始める頃になってようやく、蜃気楼のように森のない世界、人間の世界が見え始めた。それは徐々に、徐々にそこに存在を感じられるようになり……結界がとかれた。
 人々の歓声によって、ローラはやっとその場に崩れ込むように倒れた。
「魔王……」
 サラがローラに声をかける。
「森達の悲鳴が聞こえるんですか?」
 ローラは大きく首を振り、何かを必死で伝えようと言葉をしぼる。けれど、それはきっと伝わりきっていない。その感動を言葉にすることが出来ない。

    ――ありがとう
      ――ありがとう
        ――ありがとう
       ――ありがとう
      ――ありがとう
 木々の大合唱にローラの胸はいっぱいになった。

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『魔王』をご覧いただきありがとうございました。

■01/5/13 「 森 」でちょこっと登場しただけのマイキャラさんを小説として書いたもの。はっきりいって、面白くないし、意味がわかり辛く、小説として読めたものではない、ただの親ばか小説です(汗) 「森シリーズ」と関連つけるためだけに、バーニー(レイチェルの父)を登場させたんですが……イメージが違いすぎますね。誤字・脱字を訂正、一部書き直してアップしてます。

2004/04/26 改稿
2012/01/14 訂正

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