森

 十ニ.

 サリシアとルカは寂しい森の中、二人きりで暮らしている。どれほど時が経ったのか、世界と隔絶して暮らす二人は知らない。サリシアはルカが去らないよう、森へ結界をはり、誰も出入りできないようにしている。
 ルカはサリシア以外の人間をずいぶん長い間見ていない。昔、何度かサリシアの元から去ろうとしたこともあったけれど、そのたびサリシアに阻まれた。暴れ、泣き叫び、恨みごとを言い、妙に優しくなり――サリシアはあらゆる手段を使い、ルカを自分の手元に留めようとした。最初は反抗していたルカだったが、次第に彼女が気の毒になった。彼女の孤独を理解し、永遠の闇を知ると、彼女を独りにできなくなった。
 一緒に食事をし、眠り、畑仕事をし、森に入り、魔法の勉強をし、明日の支度ていると一日が終わる。そんな日々が積み重なり、一年二年と過ぎ……気がつけば五十年も経っていた。

 そんな代わりばえしない日々が続いていたある日――
 今日もどこかから、楽しげな歌が聞こえる。森の奥から、誘うように響いてくる。聞いているだけで幸福になれそうな、そんな歌だ。
 サリシアの機嫌が良い時間をみつけ、ルカはようやく尋ねてみた。
「数日前から聞こえてくるあの歌、なんだろう」
 死に掛けた木々ばかりのこの森は歌わない。歌ったことなど今までない。
 サリシアは怖ろしそうな顔で、
「何も聞こえないわ」
 苛立たしげに言う。ルカはサリシアの顔を見やる。ウソをついている顔ではない。
 ルカはサリシアに育てられ、ずっとこの森で暮らしてきた。この森の中にサリシアやルカが知らないことなどないはずだった。
「明日、見に行ってみるよ」
「ダメよ、そんなこと許さないわ。きっと、獣よ。大きな獣がやってきたのよ」
「そうだったらなおさら見に行ってみないと。畑が荒らされでもしたら大変だ」
「いいえ、行かせないわルカ。あなたはそう言って、私を独りにする気なのね」
「サリシア。ちょっと見に行ってくるだけだよ。僕は帰ってくる、いつも帰ってきてるだろ」
「いいえ、あなたは私を出て行く気なんだわ。こんな寂しい場所に私を独り残して。あの人たちと一緒なのね。そんなことさせない、許さないわ」
 久々に彼女はヒステリーを爆発させた。
 彼女は暴れた後、やたら優しい。そして、とても辛そうな顔をする。だから、ルカは彼女を独りにできない。この家から出て行く行くことができない。
 暴れ疲れ、眠ってしまったサリシアをベッドに寝かせる。よく眠っている。このまましばらく起きることもないだろう。
 歌声に導かれるまま、ルカは森の奥へ足を向ける。

 歌声の中心、森の奥に人影があった。サリシア以外の人間を見るのは久々だ。サリシアの魔法により、この森に人が近づくこと事態、めったにない。
 木陰から様子を伺う。旅の女性のようだ。フードに隠れ、顔はよく見えない。
「隠れてないで出てきたら」
 少し低めの女性の声がルカに向けられた。ルカは戸惑いつつも姿を見せる。
「待っていたわ」
 女はフードを取る。浅黒い肌をした、黒髪の美人がルカに微笑みかける。その笑顔は柔らかく、女の強い視線や、硬い雰囲気から受けた印象が一変する。すでにルカは、彼女から目が離せない。
「あなたは誰? 僕を待っていたってどういうこと?」
 問いかけたルカに、女は笑みを漏らす。楽しげな表情。
「異性の名が知りたいのならば、まずはあなたが名乗ったら?」
 手招かれて彼女の隣に腰を下ろす。
「僕はルカ」
 ルカ、と確認するように彼女は唇に乗せる。彼女の瞳に自分が映りこんでいる。彼女の眼の奥には、サリシアのような闇はない。ただ、黒い柔らかで優しげな光りがあるだけ。
「私はラムダ。あなたのもう一つの質問にも答えましょう。私はサリシアの同居人であるあなたに会ってみたかったの。だから、あなたがここに来るよう、木々に呼びかけてもらっていたの」
 木々と話ができるのは力ある魔女でも、一部の者だけ。けれど、いくら魔女でもサリシアのことを知っているはずがない。サリシアは百年近くこの森で隠遁している。世界中で誰が彼女の名を覚えているというのだ。
「あなたは何者だ? どうして彼女のことを知っている?」
 女は変らぬ表情で、ルカを見つめている。ルカは苦労してラムダの眼から視線をはず。
「サリシアほど力のある魔女はなかなかいないわ」
 それだけ言って、耳をすませるように目を閉じる。木々は柔らかな歌を歌っている。心地よい響き。あたりにあるのは枯れかけ朽ちかけた木々や、やせ細った木々ばかりなのに。
「気持ちい歌声だわ。こんな森でも、これほどの歌を聞かせてくれる。青々とした森だともっとすごいわ。あなた、聞いてみたくはない?」
 ラムダは世界中の木々の歌の素晴らしさを語る。その違いを語る。世界中のありとあらゆる素晴らしい場所、楽しい景色、面白い出来事。聞いていて、今すぐ旅立ちたいと思える出来事を。
「一緒に旅をしない?」
 ラムダに誘われて、ルカは本当に嬉しかった。話を聞いていて、今すぐにでもラムダと旅立ちたかった。けれど、それはできない。この森から離れられない。
「僕は、サリシアのところに帰らないと」
 ルカは振り切るように言った。身が切り裂かれるようだった。彼女とは会って一時間も経っていないのに、旧知のように思えてしまう。
「ごめんなさい、変なことを言って。ところで、あなたは何歳になるの?」
 ラムダに問われ、ルカは戸惑う。彼女はサリシアとルカが不老不死であることまで知っているのだろうか。
「この世界は狭くて広い。あなたは長い時間を生きられるのだから、もっと世界を見たほうが有意義だと思わない?」
 ラムダはさらりと言い、立ち上がる。
「私はもう行くわ。また会いましょう」
 ラムダは歩き去った。彼女の姿が見えなくなるまで、ルカは見つめていた。戻ったとき、サリシアはまだ眠っていた。
 彼女が立ち去ったためだろう、歌声は聞こえなくなった。変らない毎日が始まった。ラムダと会う前となんら変りない日々だったが、ルカは耐えられなくなっていた。

 十年ほど経った頃、また歌声が聞こえ始めた。いても立ってもいられなくなり、泣き叫ぶサリシアを残し、ルカは森の奥へ駆けた。サリシアの悲鳴は気にならなかった。それよりラムダに会いたかった。
 あの時と同じままの彼女が、あの時と同じ様子でそこにいた。
「久しぶりね、ルカ」
「ラムダ、あなたも変らないね」
 その言葉に、ラムダは秘密めいた笑いを浮かべる。初めて見た表情なのに、忘れていたかのような既視感。彼女のそばに腰を下ろす。
「ルカ、あなたは楽しく暮らせていた?」
 意地悪な質問だと彼女を見やる。そこにあったのは濁りのない黒い瞳。記憶の中の彼女の瞳。忘れられなかった眼だ。
「あなたはどうだった? 旅をしていたんだよね」
「私の質問には答えてくれないのね。旅は――楽しくもあり、苦しくもあり、時には泣きたくもなる。独りでいることは耐え難く、けれどそれさえ楽しくもある」
 節をつけて口ずさむ。そして、土産話を披露する。前に聞いた話もあったが、ルカは彼女の話に聞き入っていた。彼女はとても楽しそうに語っている。彼女を見つめていると、ラムダの柔らかな瞳に吸い込まれそうだと思う。彼女が自分だけを見つめていてくれたら、きっとずっと幸福な時間を過ごせそうな気がする。そんなことは無理なのに。考えてはいけないことなのに。
「――それで、あなたはどうしていたの?」
 ラムダの問いかけに、ルカはもらした。
「絶望していた」
 ラムダの瞳に寂しげな色が混ざったので、慌てて言葉を付け足す。
「いや、前と何も変らない毎日だよ。あなたのように語ることなど何もない、退屈な日々だった」
「ごめんなさい、私の話、長すぎたわね」
「いいえ、楽しかった。それに今日は、あなたに再会できて嬉しいんだ。とても」
「私もよ」
 ラムダは心から嬉しそうに言う。曇りのない表情で。見ているだけでルカは幸せになる。見詰め合っていたら、不意にラムダが戸惑い顔で視線をそらした。
「どうしたの?」
「いえ――まさか、あなたは私のパートナーなの……?」
「パートナー?」
「いいえ、そんなことよりサリシアはどうしてる?」
 慌てた様子で話をかえた。ラムダは視線を合わせようとしない。
「どうって――別に……」
 彼女は変らない。ルカが幼い頃から、サリシアはサリシアのままだ。
「人の一生には限りがある。短いかもしれないけれど、それが定められた時。それを越えて生きるなんて、不幸でしかないわ。サリシアには、まだ終わりが来ないの?」
 ルカはラムダの顔を覗き込む。彼女はどこまで知っているのだろう。誰も知らないはずの秘密を。
「あなたは一体何者なんですか?」
「私はラムダ。こうみえても私はあなたより、無論、サリシアよりもずっとずっと年上なのよ」
 外見はサリシアやルカとたいして変らない。
「見た目が若いのは父の血筋なの。私はきっと死ぬまでこのままなんだと思うわ。けれど、もう六百年近く生きてるから、寿命はきっと近い」
 言われ、ルカはラムダの瞳を覗き込んだ。宿っていたのは静寂な光り。全てをありのまま受け入れているものの目。彼女の言葉を否定したいけれど、それは意味のないことなのだと思った。
「あなたは……死ぬの?」
「そのうちね。永遠を生き続けるのは、濃い孤独の闇に囚われているようなものよ。全てのものに、終焉は等しくおとずれるわ」
 ラムダは立ち上がる。
「私はサリシアを可哀想だと思っているの。終わりのない人生を送り続けている彼女が」
「僕は――」
「もちろん、あなたのことも。また、会いましょう」
 今度は彼を旅に誘うことなく、彼女は歩き出した。後ろを振り向きもせず去ってゆく彼女を見送っていたルカだったが、彼女の姿が小さくなり、丘の影に消えると不安になった。慌てて彼女を追った。彼女の姿が視界から消えてしまうのが怖かった。彼女に終わりがあるのならば、彼女が受け入れてしまった終りまで、一緒にいたいと思った。サリシアのことなど忘れていた。

 ルカとラムダは世界中を旅した。彼女と一緒にいるだけで、ルカは幸せだった。
「ルカ、一つ約束して。どんなことがあっても魔法は使わないで」
 ラムダに言われ、ルカは首をかしげた。サリシアに学び、魔法を日常的に使ってきていた彼には不可解な言葉だった。
「魔女だと疑われれば、惨い殺され方をするかもしれないの。そうね、あなたは何も知らないのよね。今、人と魔女は、酷い敵対状態にあるの。
 しばらく前、戦乱が続く時代があったのだけど、その頃、魔法がつかえる魔女は戦力としてとても重宝がられ、高待遇で扱われていたわ。睨み合っている陣営に圧倒的な戦力差があっても、部隊に一人魔女がいればそれがくつがえる事もあったから。
 魔女は戦場に圧倒的な死と破壊をもたらした。もちろん戦争だから、人だけじゃなく、魔女もたくさん死んだのよ。でも、今では魔女が全ての元凶のように思われているの。戦争を引き起こしていたのは魔女だったとまで言われているわ。世界の傷はまだ癒えていない。それどころか、魔女への風当たりは厳しくなるばかりよ。
 魔女と人との友好の為、尽力してくれている人間もいるけれど、当分、この対立は解消しそうにないと思うわ。魔女は圧倒的に殺しすぎたし、壊しすぎたから。だから、お願い。魔法を使わないで」
 ラムダの言いつけを守り、ルカは森を出てから一度も魔法を使わなかった。
 ラムダは老いることなく、ルカも老いなかった。誰にも不審に思われなかったのは、彼らが常に旅を続けていたからだ。
 世界には人があふれていて、どこへ行っても木々は歌っていた。行く先々で美しいものを目にし、同じくらい悲しいものも見た。楽しい出来事があり、辛い出来事もたくさんあった。聞きたくない話もずいぶん聞いたし、争いにも何度か巻き込まれた。けれど、ラムダと一緒にいる時間は何事にもかえがたかった。
 サリシアと共にいるだけでは、ほとんど何も知ることができなかったのだと知った。世界はなんと広大なことだろう。
 人と魔女の対立はいよいよ深刻化し、両者に深い影を落としていた。魔女を根絶やしにすれば世界が平穏になると信じ込んでいる人々と、やたらめったら木々を増やして世界を復興させようとする魔女と。過激な応戦が各地で繰り広げられていた。

「あなたをどうしても連れて行きたい場所があるの」
 ラムダに言われて、ルカが連れて来られたのは、ある森だった。そこは他の森とは別格の、深い森だった。木々の歌が明瞭で、森の雰囲気はどこよりも親和だった。
「ここは?」
 慣れ親しんでいるような歩みのラムダに、ルカは尋ねた。
「父の森よ。ちょっと変ってるけど、私の家族がいるの。紹介するわ」
 森の奥深くまで歩き、ある樹の前に立つ。周囲の木々となんら変わりない。降り注ぐ木漏れ日が心地よい。目を細め、ラムダはその光りを嬉しそうに浴びる。樹の歌声が大きくなる。ラムダと会話でもしているかのように。
「そう。世界樹と呼ばれているの」
 誰かと会話しているような口調。肉親を見やる眼差しを目の前にそびえる樹に注いでいる。
「紹介するわ。彼はルカ、私のパートナーよ。ルカ、こっちは私の姉妹。今は世界樹って呼ばれているそうよ」
 風が吹いたのか、木漏れ日がルカの上で踊る。
「樹……?」
「ええ、彼女は樹なの。でも、私と同じ父の血を受け継いでいるわ」
 目を閉じ、耳を澄ませ、ラムダは嬉しげだ。その後、しばらく黙り込んでいたラムダだったが、徐々に顔を険しくしていく。
「それはあなたが考え出したの?」
「ねえ、ラムダ。ここから離れた方が良くない?」
 不安になり、ルカは声をあげた。ラムダは目の前の樹と話をしているらしいが、ルカには明瞭な声など聞こえない。ただ、先ほどから木々の歌声に、剣呑な雰囲気が混ざりだしたように感じる。数分前と同じ森だと思えない。
「ルカ、お願い。もう少し待って」
 ラムダはルカに頼み、再び樹に向き直る。難しい顔。まるで長い話を聞かされているかのような表情。
「あなたの考えはわかったわ。それがあなたの願いならば、魔女たちを説得してあげる。でも、もう一度考え直してちょうだい。お願いだから」
 ラムダは樹を見つめた。樹はまるでラムダを睨みつけているかのように息を殺している。
「この世界に生きるものは皆、共生してゆかなければならないわ。それはあなたもわかっているはずよ」
 言い捨て、ラムダは反転すると、早足で歩き出す。頭上で梢が揺れている。強く反論するかのように。
「ラムダ、何があったの?」
 彼女を追いかけながら、ルカは声をかける。ラムダはため息一つつくと、困りきった表情で振り向いた。
「彼女、世界樹なんて呼ばれていい気になっているのよ。一部の過激な思考の魔女に悪影響されて、閉じこもるって言ってるの*
「閉じこもる?」
「広大な範囲に結界を張って、人が入れないようにして欲しいんですって。今後は木々を大切にしてくれる魔女とだけ生きて生きていきたいそうよ。そんなことできるわけないのに」
 それからしばらく、二人はその森で暮らした。ラムダは何度も樹と会話し、魔女と会話した。人との対立が深刻化していた時期でもあったため、世界樹に賛同する魔女は増える一方だった。
 巨大な結界を張るため、魔力の強い魔女が選び出され、魔王となった。森の番人である聖霊が作り出された。世界樹を中心に巨大な結界が張られ、それ以後、人と魔女は別れて暮らすことになった。

 ラムダが死んだのは、旅にでて百年ほど経った頃のことだった。サリシアの元にいた百年に比べ、ラムダと共に生きた百年はルカにとって、なんと素晴らしい時間だっただろう。
 死ぬ前、ラムダはルカに静かに語って聞かせた。魔女は彼女の姉であるアジルの子孫であり、歌う木々は父であるマカフィの子孫であること。
 木々は森の中で起こった全てを見ていて、森を訪れた彼女に語る。だから、フェレスとサリシアの間に起こったことを知っていた、と。
 サリシアが死ねないのは、彼女の尽きることのない魔力の源は、きっと彼女が大切にしているフェレスの遺骨だと思う、と。パートナーを失い、独りで生き続けることになったアジルの嘆きようを見ていると、ラムダはサリシアのことを可哀想だと思いながらも何もできなかったと。アジルが死に、ようやくサリシアの様子をうかがい訪ね、ルカに出会ったと。
 語り終えたラムダは、より一層美しかった。ルカを見つめたままラムダは息を引き取った。出会った頃と同じ姿のままだった。
 彼女を埋葬し、ルカはそのまま一人で旅を続けようかと思ったが、ラムダのいない時を過ごすのは辛いだけだった。二人だと楽しかった旅にも、苦しく寂しいだけだ。
 ルカはサリシアの元に戻った。

 ルカが戻ったことにサリシアは喜び、憎んだ。サリシアはルカが旅立ったあの日、最後に見た彼女のままだった。ルカは哀れんだ。
「死ぬための方法がわかりました」
 つとめて冷静に、ルカはサリシアに告げた。死ぬなんて、漠然としていて怖かった。けれど、ラムダのいない人生は虚しいだけだ。
 ラムダが言っていた小箱を探した。中には何も入っていなかった。ルカがいなくなった後、彼女は大切な箱の中身がなくならない様、どこかに移したらしい。それがどこかなんて検討もつかなかった。彼女の魔力源を絶つことはできそうもない。
 旅に出る前に考え付いていた方法を試してみるしかなさそうだった。けれど、それはとても時間のかかるものだった。今かかっている不死の魔法の上から、不完全な不死の魔法をかける。すると、不完全な構成要素のほころびにつられ、完全な構成要素もほころび始めるのではないだろうか……というものだ。
 単純な魔法ならば、構成要素は強い魔力により自然に補完しあうこともあるが、難解な魔法である不死の魔法ではそれが難しい。だからこその手だ。
 サリシアはルカの提案を受け入れ、魔法を使った。思ったとおり、不死の魔法はほころびていった。百年ほどして、ルカは死んだ。
 これで、全て終わる――はずだった。


十三.

 ルカが死に、サリシアは独りになった。老いを感じるが、それはとてもゆるりとしていて、時間は遅々としてすすまない。
 ルカが死んでずいぶん経った。ルカが死んだのはとても昔の気がする。けれどまだ、自分は死なない。
このまま、どうやって生きていったらよいのかがわからない。
 あの日、ルカが戻ってきてくれて嬉しかった。独りでいるのは寂しかった。いなくなったルカを殺してやりたかった。憎らしかった。
 やっと戻ってきたルカは、サリシアに死ぬように言った。酷い。でも、死ねば、美しいあの人が待っている。会いたい。あの人に会いたくて長く辛い年月を生きてきたのだ。
 また独りだ。嫌だ。怖い。死ぬのは嫌だ。あの人は私を求めてくれなかった。会いたくない。ルカは私を捨てた。会いたくない。
 独りは嫌だ。寂しい。誰か助けて欲しい。助けて欲しい。
 混乱した意識のサリシアは魔法に救いを求め、不完全な魔法のため、滅びゆく自分の身体を捨て、他人の身体を奪う魔法を見いだした。
 彼女が悪魔――ギルド*フォールと呼ばれだしたのは、それからしばらくしてのこと――。

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『孤独』をご覧いただきありがとうございました。〔2011/07/07〕

10年以上前に書いた小説に関連した物語。前半部分は2006年に書いていたのだけれど、今回、やっと書き上げました。
アジル主人公で60枚ほどで一旦書き終わり、念のために前の物語を読み直してみれば……ストーリーが食い違っていることに気付き、書き直しをはじめたのだけれど、辻褄合わせが大変でした。こんなところにって感じで、ちらりと登場してたラムダは、どう見てもアジルとは別人だから変名ってわけにもいかないし、ルカも最低二人いなきゃいけないくらい性格が違う。フェレスも前と違うような気がするけれど、彼はサリシアの回想で登場してたからそれは何とでもなりそう。あちらこちらに伏線っぽく書いてある部分を何とか消化して……って書き直しにより、サリシアがますます不憫になった気がしてなりません。
フィフィス人やら若返りの魔法で長生きしている彼らの人間関係を考えていると、年齢差に頭が痛くなくなってきました。アジルとフェレス180歳差、フェレスとサリシア180歳差、ラムダとルカ490歳差なので。

2011/07/20 意味なく追記
「ラムダ」に登場してたキャラが元ネタというかオリジナル。
「ラムダ」シリーズのカイ → この作品ではカイ、ルカ。
「ラムダ」シリーズのラムダ → この作品ではサラ、ラムダ。
ルカもラムダも一番最初の物語を書いた時点では登場する予定がなかったので、性格なんて考えていなかったのだけれど、この作品でキャラクターが固まった感じ。
カイとサラはラムダシリーズのキャラとずいぶん違うので別人な印象だけれど、ルカとラムダはラムダシリーズのキャラに近い気がします。ラムダシリーズだとカイはラムダのストーカーみたいな感じなので、ルカとラムダの関係も似ているような……。
十二章を書くのが大変でした。パートナーってことで、ラムダがルカに好意を持っているのが問題。気がつけば、ストーリー横に置いといて、ルカがラムダといちゃつこうとしてるし、ラムダも流されてるし(→こんな感じ)。ダメだな、この二人。ラムダはやはり、カイを嫌がってるくらいじゃないとストーリーが進まない……。

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