女はフードを取る。浅黒い肌をした、黒髪の美人がルカに微笑みかける。その笑顔は柔らかく、女の強い視線や、硬い雰囲気から受けた印象が一変する。すでにルカは、彼女から目が離せない。
「ラムダ、会いたかった」
彼女を抱きしめる。
――カット!
――ルカ、台詞が違う。
「僕はルカ」
ルカ、と確認するように彼女は唇に乗せる。彼女の瞳に自分が映りこんでいる。彼女の眼の奥には、サリシアのような闇はない。ただ、黒い柔らかで優しげな光りがあるだけ。
「私はラムダ――」
「素敵な名前だね」
ルカはラムダの手をとる。生活力のある手だ。手の甲に口付ける。ラムダは戸惑った表情でルカを見つめている。
――カット!
――ルカ、セクハラしない。
「私はラムダ。あなたのもう一つの質問にも答えましょう。私はサリシアの同居人であるあなたに会ってみたかったの。だから、あなたがここに来るよう、木々に呼びかけてもらっていたの」
ルカはラムダの瞳を覗き込む。ラムダの瞳にルカの姿が映りこんでいる。
「それで? 僕に会ってみてどう思った?」
柔らかな声で尋ねる。ラムダは頬を染め、言葉を捜す。
「ええっと……ルカ、あの、ちょっと顔、近い」
――カット!
――口説かない
「あなたは何者だ? どうして彼女のことを知っている?」
女は変らぬ表情で、ルカを見つめている。ルカは苦労してラムダの眼から視線をはず。
「サリシアほど力のある魔女はなかなかいないわ」
ラムダは寝転がり、目を閉じる。木々の歌に聞き入る。ルカはラムダを抱きしめる。
――カット!
――セクハラすんなって言ったでしょうが。
「サリシアほど力のある魔女はなかなかいないわ」
ラムダは寝転がり、目を閉じる。木々の歌に聞き入る。ルカも同じように寝転がり、ラムダの横顔を見つめる。美しい曲線を描いた額。長いまつげ。鼻の線も綺麗だ。そっと唇にふれる。
――カット!
――ラムダ、寝転がるの中止。
ラムダは世界中の木々の歌の素晴らしさを語る。その違いを語る。世界中のありとあらゆる素晴らしい場所、楽しい景色、面白い出来事。聞いていて、今すぐ旅立ちたいと思える出来事を。
「一緒に旅をしない?」
「そうだね」
ルカはうなづく。
「君と一緒に世界中を見てみたい」
――カット!
――ストーリー変えるな
ルカは振り切るように言った。身が切り裂かれるようだった。彼女とは会って一時間も経っていないのに、旧知のように思えてしまう。
「ごめんなさい、変なことを言って。ところで、あなたは何歳になるの?」
「年の差なんて関係ないよ。僕は君がいれば良い」
――カット!
「この世界は狭くて広い。あなたは長い時間を生きられるのだから、もっと世界を見たほうが有意義だと思わない?」
ラムダはさらりと言い、立ち上がる。
「私はもう行くわ」
歩き出そうとしたラムダを抱きとめる。
「ラムダ、あなたにここにいて欲しい。あなたは自由に旅をしているのだから、時間はあるだろう? 僕の側にいてくれないか」
ラムダは優しくルカの腕をはずす。
「ルカ。あなたの気持ちは嬉しいけれど、私は世界を旅したい。世界中の森の歌声を聴きたい。ここにいる事はできないわ」
「そう」
ルカははずされた腕で彼女の長い髪に触れる。綺麗な黒髪だ。髪の先にキスをおとす。
「やはり、僕も一緒に――」
――カット!
――ストーリー変えるなって何度言えばわかるの!
あの時と同じままの彼女が、あの時と同じ様子でそこにいた。
「久しぶりね、ルカ」
「ラムダ、あなたも変らないね」
強く抱きしめる。首筋に顔をうずめる。ラムダの匂いだ。
「お帰り、ラムダ」
「ルカ、ちょっとくすぐったい……」
――カット!
――セクハラ禁止
「久々に会ったのに、触れないってどういうことだよ」
――文句言わない
――ラムダ、ルカに流されないで
「ルカ、あなたは楽しく暮らせていた?」
「君がいない日常が楽しいはずはないだろう?」
ラムダの手を握る。
「今すぐ僕と結婚しよう」
――カット!
――勝手な台詞言うな
「いいえ、楽しかった。それに今日は、あなたに再会できて嬉しいんだ。とても」
「私もよ」
ラムダは心から嬉しそうに言う。曇りのない表情で。見ているだけでルカは幸せになる。彼女の瞳に映りこんだ自分の顔。彼女もそれを見つめているのだと思うと、鼓動が早くなる。
「ラムダ」
優しく抱きしめる。ラムダはそれを拒まない。
「不思議だわ、ルカ。あなたといると本当に楽しいの。あっという間に時間が過ぎてしまう。あなたと共にありたいと願う」
自分の気持ちに戸惑いながら、ラムダは言葉を探す。永遠を生きるのは孤独だ。けれど、ずっと一人で生きてきた。不安などなかった。けれど、ルカと共にいると独りになることが怖くなる。ルカを抱きしめる。
「ラムダ、僕もだよ。君と一緒に生きていきたい」
ルカの瞳の奥、強い光りが見える。ラムダはその光りに引き寄せられる。目がそらせない。
「あなたが私のパートナーなの?」
「ああ、そうだよ」
――カット!
「何でだよ。このくらいは構わないだろ」
――不自然でしょ。あなたはここではまだ、パートナーの意味を知らないはずなんだから
「私はサリシアを可哀想だと思っているの。終わりのない人生を送り続けている彼女が」
「ラムダは優しいね。僕のことはどう思ってるの――?」
「もちろん、あなたのことも」
「可哀想だと?」
ルカはラムダの手をとり、口付ける。瞳を覗き込む。
「それだけ?」
――カット