特撮とか魔法少女とか

魔法少女委員会

 暗い室内。一つ、二つ、つられるように十数の光が円形に現れる。その中、スポットライトを浴びるように、老女の姿が浮かび上がる。
「欠席はないようですね」
 誰にともなく確認をとる。優しげな響きながらも鋭さを秘めている声。反論がないので、数分早いが会議を始めることにした。
「まず今回の議題は、」
 事前に転送されていた書類をめくる音が複数響くが、人の気配はない。テレビ電話に似た同時複数人通信用の魔法――。
「三流魔法使い並びにその協力者である不適正魔法少女による社会不適合性行動に関する再指導と矯正――」小さく空咳。「簡略に言えば、問題児の再教育についてですね」
 ここの事務員は優秀ながらも、書類を作成させると文章がくどい。書類から目を上げ、重いため息をつきつつ、
「特に問題視されている例の三組について、処分を求める声は私も直接聞いています」
「委員長!」
 まず声をあげたのは、堅物な上、話の長いことで有名な戸口氏。
「あなたがお聞きだということは、その数十倍は苦情がよせられていることをご理解いただきたい。まったく、実に嘆かわしい。けしからんことです。彼らの存在は伝統ある魔法少女という制度を愚弄し、他の魔法少女並びに魔法使いともどもその存在を社会的に陥れる行為に他ならなんのです。これは決して許されることではない。できるならば今すぐにでも彼らの魔法使い免許を取り上げ、魔法少女との契約解除をしてやりたいところだが、それは彼らの為にもならん。
 また、彼らが作り上げた魔法少女の活動結果だけ見れば、優秀な成績を上げているものもある。確かにこれは間違いないが、問題は魔法少女らの見た目であり、魔法少女の言動であり、魔法少女の活動状態であります。本来ならば彼らが起こした問題一つ一つをすべて検証していくべきところですが、ここは法廷ではないし、彼らが起こした問題は本来、事件とは言えない微々たることでもある。糾弾すべきものではあるが、法廷で争うような重大な事でもない。再教育、と先ほど心優しい委員長が言われたが、再指導と矯正、正しい道へ彼らを導くのもまた我ら、委員会の役目だと私は考える。いかがですかな、委員長?」
 話がようやく終わった。本人的には短めに話したつもりだろうが、長い。毎度、会議終了後に会議時間に関する通告文を送り続けた成果はこの程度の出来だ。
「そうですね、きついお灸をすえたほうが、彼らの為になるかもしれませんね」
 戸口が賛同の声をあげかけるのを制し、書類に目を落とす。
「まずは一人目、桃園さんですね。彼女は魔法少女委員会構成員の中、魔法使いとしての成績は最低。彼女の相棒である魔法少女の魅力値は最高、出動時間帯は平日は夜間が多く、土日は夕方が多め。活動結果は最低――
 二人目の水越さんは、魔法使いの成績は優秀。相棒である魔法少女の魅力は……測定不可能? 出動時間帯は平日の朝と昼、土日は午前中。活動結果は最高。
 三人目は黄瀬さんね。魔法使いとしては、皆さんご存知の通りの問題児。相棒である魔法少女の魅力は最低、出動は土日祝日のみ、活動結果は測定不可能――
 皆さん、癖のある人たちばかりのようですね。黄瀬さんに関しては、現在、身元預かり中なのですが……ご自分の立場を理解していないようですね」
 読み上げなかった部分に目を通す。カサカサと書類をめくる音が複数響く。
 桃園は他の二人に比べれば問題がなさそうだが、魔法少女に変身しているのは芹沢洋一郎、五二歳男性である。少女と言う前に女性ですらない。変身後の魔法少女の容姿や振る舞いが完璧であるからこそ、残念でならない。少女しか変身できないはずなのに、どんな契約魔法を使ったのだろうか。
 きっと、桃園の事だ。小さなスペルミスによる偶然が重なり、妙な魔法効果が得られたのだろう。魔法使いとして知識や正確性は最低だが、生まれ持つ魔力が高いので、強引な補い方をして魔法を発動させることができる稀有な存在だから。
 水越の魔法少女は、現在高校三年生の芹沢春花。受験を控えているためか、見せ場を作ることなく、冷静沈着、タイムアタックのような活動状況。学校と塾の時間の合間に活動しているためか、変身後も変身前も間違い探しレベルでしか見た目が変らない。まったく魔法少女らしさがない。
 活躍の件数は桃園より多いが、魔法少女が関係している様子が感じられないケースばかり。水越が直接手を出していてもわかりはしない。効率的といえばそれまでだが、それでは魔法少女の存在意義がない。
 最大の問題児はやはり黄瀬。傷害、器物破損などと物々しい単語が未遂、和解、訴訟中の文字とともに並んでいる。彼女の相棒である芹沢咲良は二五歳のOL。すでに少女ではないし、変身後の姿は誰も魔法少女とは思えないようなもの。
 異常なほど活躍件数が多く、それにともない結果は出せているものの、被害状況は甚大。最初からいないほうが町が平和そうだ。
「委員長、生ぬるい指導では彼らは更正しませんよ」
 戸口が呆れ声で言う。
「桃園は、現在の実地研修を取りやめ、改めて研修のやり直しを。
 水越は本人の希望通り、魔法少女委員会から別の部署へ移動――水越の引き取り先はあるでしょう。優秀ですからな。
 黄瀬は……送り返せませんか?」
 やんわりと首を振る。問題児として、各部署をたらい回しになっている本部長の息子――黄瀬を引き取る際、かなりの額になる匿名の寄付金があった。匿名とはなっていたが本部長からの迷惑料である事は確か。
 現在、魔法少女委員会は人手も活動資金も十分とはいえない。魔法使いになれる人間がそもそも少ない上、魔法使いは現場労働よりも研究を好む。その上、近年増加する一方の魔法少女出動要請への対応はおいついていない。昔など、一人の魔法少女に数人の魔法使いがつくこともあったが……今では夢の話。桃園のような低レベルの魔法使いには厳しい現場になっている。
「黄瀬さんへの課題、難しいものではなかったのですが――何事!?」
 白。不意に部屋に光りがあふれる。不意のことに、目がくらみ何も見えない。
 鳴り響く警報音。重なるように、きらめく音楽と効果音――魔法少女特有のもの。
「何なの? 何事です!?」
 警報音が消され、慌しい部下の声が響いた。
「黄瀬が魔法少女と共に現れました」
「……え?」
 ようやく光りに慣れ始めた視界に、ミリタリースタイルの少女と、少女の腕にホールドされた黄色いぬいぐるみが見えた。
 警報音はこの屋内への、彼女たちの無理やりの転移が原因の様子。先ほどまでの通信魔法は解け、メンバーの姿はない。深呼吸し、事態の理解を努める。
 落ち着いてくると、妙な事に気付いた。今の黄瀬には、転移魔法のような高度な魔法は使えないはずだ。魔法少女の実地研修に赴く際、上位魔法は使えないよう厳重に封印した。ここに戻って来ることは、相当量の現場をこなし、かなり魔力を溜めなければできることではない。それにしても――
 怪訝な顔の委員長に、魔法少女はぬいぐるみを放る。
「お返しします」
 受け取った委員長は、黄色いぬいぐるみの顔を覗き込む。ずいぶん乱暴に扱われた様子で、ぐったりと汚れたペンギンのぬいぐるみ――
「黄瀬さん?」
「魔法少女を今すぐ辞めさせて下さい! 私、すっごく迷惑してるんです!!」
 失神しているのか、ぬいぐるみは動かない。揺すぶってみたが気がつく様子もない。改めて魔法少女に目をやる。
「あなた、芹沢咲良さんだったわね――」
 委員長を守るよう、部下が魔法少女を囲む。
「許可のない転移魔法の使用は禁止されいる!」
「ここがどこだかわかっていての狼藉か!」
「あなた達は下がっていて。少し彼女と話がしたいから……」
 部下に声をかけつつ、委員長は頭をめぐらせる。
「こちらこそ黄瀬が迷惑をかけて申し訳なかったわ」
 魔法使いが失神した状態で、転移魔法を使う魔法少女なんて聞いたことがない。
 聞いたことはないが、目の前の彼女はそれをやったとしか考えられない。
 彼女なら、魔法少女ではなく、魔法使いとしてもやっていける。
「そうね……あなたが魔法少女を辞めたいのなら、一つ協力して欲しいの」
「私、これ以上、関わる気はありません!」
 憤る魔法少女の声を聞き流し、
「あなたの近くに、二人、魔法少女がいることはご存知かしら?」
「二人?」
 彼女は驚いた表情。
「えぇ、すぐ身近にいるわ。あなたにやって欲しいのは彼女達のサポートなの。
 短期間にここまでレベルアップしたあなたの腕は素晴らしいけれど――本来ならば、適度な期間の活躍が望ましかったの。けれど、今さらの話ですからね。
 お願いできるかしら?」
「ちょっと待ってください。私、辞めますって言ってるでしょ」
「あらあら、その二人の正体はご存知かしら?」
 彼女は怪訝な顔。委員長は二人の名前をさらりと告げ、
「――返事は数日待ちましょう。きっと良い答えが聞けるものと思っていますよ。それではね」
 パンパンと手を叩き、うるさく言葉を重ね始めた彼女を魔法で送り返す。ついでに、進入防止用の結界魔法を新たに張る。強力な割に短時間しか持たないが、彼女の意思さえ砕ければいいのだ。
 彼女ほどのレベルなら、サポート役の魔法使い――相棒がいなくとも自在に魔法が使えるはずだから。
 それより、
「起きなさい」
 乱暴にぬいぐるみをゆさぶる。魔法で昏倒させられていたのではなかったようで、死んだようにぐったりしていたぬいぐるみが、息を吹き返し、悲鳴を上げた。
「寝ぼけてらっしゃるようね」
 委員長の声に、ぬいぐるみは焦った様子で周囲を見渡し、彼女の姿がないことに安堵した表情で、
「良かった。あいつ、怖い」
 姿に似合わぬ、男の声。自分の置かれている現状を把握し、自分の上司を目の前にして他に言うことはないのか。
「おはよう、黄瀬さん」
「……」
「あらあら、黄瀬さんったら、その姿が気にいったみたいね。じゃあ仕方ないわね、封印してある本体の方に、魔力封じの刺青彫っちゃいましょうか」
「ちょっ、何言って――」
「冗談にして欲しいのなら、私の言うことには素直に答えなさい」
 ペンギンはすねたように横を向く。かわいい外見の癖に可愛らしくない反応。抱き上げていたぬいぐるみを机の上に座らせる。
「お返事は?」
「……わかった」
「よろしい。では最初の質問、あの娘を魔法少女に選んだ理由は?」
「あいつが偶然通りかかったんで」
 言葉はそれ以上続かない。普通、もう少し相手を選ぶものなのだが、最初からやる気がなかったがことが伺える。
「そうですか。それはそうと、報告書を読みました。あなたに与えた課題、難しすぎたようね。課題を変更しましょうか? それとも、今後も魔法少女の担当を続けますか?」
「課題の変更――」
 彼の声をさえぎり、言葉を続ける。
「課題の変更を選ぶなら、あなたの本体に悪戯させてもらいます」
 意識のない本体に魔法封じの刺青を彫ってやれば、仮の肉体として宿っているぬいぐるみから出られなくなる。そこまでしなくとも、属性低下の魔方陣を刺青として入れてもいい。研究の好きな魔法使いが嫌がる悪戯は、いくらでもある。
「極悪人!」
 慌てふためき体当たりしてくるので、上からぬいぐるみを押さえつけ、
「それで、どうするの? 魔法少女の育成――二人目をしましょうか」
「あんた最初、一人で良いって言っただろ!」
「あなたに与えた課題が、あなたにとって、こんなに難しいものだとは思わなかったからです。さっさとあなたに帰って頂こうと思ってのことでしたが、これでは、どんな課題を与えようと意味がありません。あなたにやる気がないのですからね。
 こうなれば、あなたの親父殿――本部長から抗議がこようとやってやります。なにせ、こちらにはあなたの本体が人質としてあるんですからね。やりたい放題ですよ」
「それが本音か!」
「こちらはあなたの親父殿に言われ、金と引きかえにあなたの身柄を預ってるんです。おとなしく、こちらの言い分にしたがってもらいましょうか」
「詐欺師! 猫かぶり! ペテン師!」
「ふふふ」
 と笑い、委員長は自分の顔をなぞるように手をやる。拭い去られるように、別人の顔が現れ、ぬいぐるみに笑いかける。
「おま、お前。何で――」
「私の本気がわかっていただけたかと。あなたが何を言おうが、あなたの味方はありません。素直に大人くなさい。
 今度、彼女のような、戦闘能力に特化した魔法少女を生み出す事は禁止します。課題をこなせない限り、いくらでも魔法少女の担当を引き受けていただくこと、ご理解くださいね」
 パンパンと手を叩く。ぬいぐるみは歪曲した空間に放り込まれ、消える。響いていた罵詈雑言がぴたりと止む。
「委員長」
 おそるおそるといった様子で、部下が現れる。委員長が再び顔に手をやると、老女の顔に戻る。
 個性豊かな委員会の面々を取りまとめるためにも、このような精神攻撃魔法は有効だ。彼が誰の顔を見ていたのか、気になりはするが、今のところ詮索する必要はないだろう。
「大丈夫よ、何もなかったわ」
 立ち去ろうとする部下を呼びとめ、
「本部長宛てにお手紙、お願いしますね。内容は――残念ながら黄瀬さんはもう少しお預かりする事になりそうなこと、委員会一致で魔法少女の評判低下を懸念していること、それと、彼と魔法少女によってなされた被害状況報告書を添付して下さい」
「はい」
「これで近々、匿名の大口寄付金が期待できるかしら……?」
 委員長は誰にともなく呟いた。

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『魔法少女委員会』をご覧いただきありがとうございました。〔2011/02/01〕

魔法使いと黄色いペンギン」の後日談。登場させなかった他のキャラ披露もかねて。読んでなくても問題ないはず。
中身おっちゃんな魔法少女はあの小説書いたときにはあったネタ。ピンクのクマのぬいぐるみが相棒。委員会メンバーがあこがれる正統派魔法少女っぽい風貌なのは桃園の要望。洋一郎さんの意見は一切取り入れられていない。
もう一人は、金髪の「奥様は魔女」風の魔法少女から女子高生魔法少女に変更。最初はコマンドー魔法少女の兄弟設定だったのを妹にしてみた。関わりたくない、面倒くさいって点では同じなので、たいしてキャラに違いはない。相棒は水色のウサギのぬいぐるみ。微妙な配色。
コマンドーな魔法少女は超攻撃型。しかも、遠方や後方から魔法使いってだけで急襲する暗殺者タイプ。

2012/01/18 訂正

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