特撮とか魔法少女とか

魔法使いと黄色いペンギン

「イテテ……呑み過ぎた」
 俺は覚醒するとともに、頭の痛みに手をやった。昨夜は久々に良く呑んだ。顔を見せれば何かと小言ばかり言う親父だったのに、最近は年のせいか性格がずいぶん丸くなり、昨日は妙に機嫌良く、酒を持って訪ねてきたのだ。
「まだ酔ってんのかな……」
 頭をさする。
 なんだか妙だ。いつもならば天使の輪を持つ、自慢のサラサラヘアーが手に触れるはずだった。
「ん? どうなってんだ?」
 手には何も触れない。それどころか、何かふわふわしたやわらかい……。
 言い知れない不安。
 部屋の中は薄暗い。乱雑に積み上げた書物と道具類が窓と部屋を埋めつくしている。獣道のように細く顔をのぞかせている床をよたよた歩く。
 二日酔いのはずなのに、体はずいぶん軽く、まるで雲の上を歩いているような気分。視線は膝までもないだろう。嫌な予感はますます大きくなる。
 玄関先まで約七歩。いつもなれば五秒掛からないはずなのに、今朝はずいぶん時間が掛かる。
 玄関入ってすぐの姿見を見やる。目に付くよう、中央部に張り出された手紙。そして、そこに映し出された異様な物体。文面に首をかしげる。すると、同じく鏡の中で首をかしげる黄色いペンギン。
「……え?」
 鏡の中のぬいぐるみは不釣合いな低い男の声をあげる。
「何だこりゃぁぁぁぁぁ!?」

***

 連日の残業からやっと開放された。しかも、明日からは三連休。気分的に少々浮かれながら、私――芹沢咲良は会社を出た。
 バス停にたどり着き、携帯のデジタル時計を見る。あと三分ほど。寒さに震えながら、吐く息で手を温める。見上げれば、ビルの合間に広がる暗い闇、数えるほどの星。人工の光が多すぎて、幼いころ目にしていた星空は望めない。
 軽く失望しつつ、向かいのビルに目をやる。見るともなしに看板に目をやり、頭の中で読み上げてゆく。ただの暇つぶし。癖のようなものだったが、
「……?」
 細い路地に黄色の物体がすべり込む。大き目の猫だろうか? だが、派手な蛍光色をした猫などいるだろうか?
 首をかしげ、時計に目を落とす。ちょっと見に行って帰ってくるだけ――だったら乗り遅れたりしないだろう。好奇心に負け、そちらに足を向ける。

 路地からは男たちの言い争う、押し殺した声が聞こえてきた。係わり合いになりたくない。思いつつも私は好奇心に勝てず、そっと覗き込む。けれど、そこに誰の姿もない。ビルの中から声が漏れ聞こえてきているのかもしれない。
 黄色い物体は私に背を向け、どこからか漏れてくる淡い明かりの中に座り込んでいる。後姿から見る限りペンギンのぬいぐるみ。自動で動くわけがない。よっぽど疲れているのだろうと自分自身を納得させ、
「馬鹿馬鹿しい」
 つぶやいた瞬間だった。ギョッとした様子でそのペンギンが振り向いたのだ。
「え?」
「見たな」
 先ほど聞いた男の声。それがペンギンから発せられていることに気づけないほど距離は離れていなかった。どんなトリックがあるのか、ぬいぐるみが話し、歩いている。
「丁度良い、お前に決めた」
 まぶしい光があたりを照らし、戸惑う私を包んだ。

 寒さにくしゃみを一つし、私は目を覚ました。ぼーっとする頭で辺りを見渡せば、玄関のあがりはなにどうやら倒れ込んでいるらしい。それにしても見覚えある部屋だった。徐々に頭が働き始め、自分の安アパートだと気づく。
 それにしてもなぜ? 記憶をたどるが、バス停でバスを待っていたところまでしか思い出せない。別に寝起きも悪くないし、低血圧でもないし、酒で記憶を無くした事もない。そもそもお酒なんて今日は呑まなかった。なのになぜ?
 自分自身に問いつつ、起き上がる。
「何でこんなとこで倒れてるわけ?」
「よぉ」
 男の声に、ビクリと周囲を見回す。が、誰もいない。
「ここだ」
 ひざの上でぴょんぴょんと跳ねられ、ようやくその黄色いペンギンに気づいた。ぬいぐるみだからか、体重は驚くほど軽い。
「……夢?」
「寝ぼけんな」
 ぴしゃりと言われ、その荒唐無稽さにため息がでた。今までの平穏な人生はどこにいってしまったのだろう。
「目が覚めたなら、こいつの百五十七ページを開いてくれ」
 ペンギンはどこからともなく分厚い本を取り出す。中世ヨーロッパのお城の地下にでもあればいいような、ほこりっぽい、派手な装丁の本。
 恐る恐る開いてみると、インクで書かれた複雑怪奇な図形や、ミミズがのたうちまわっているような文字が書かれている。
「これ、何?」
「魔法書だ」
「へー」
 私の反応が予想外だとばかり、ペンギンは強面になる。可愛いが売りのぬいぐるみがそんな顔をしようと努力しても、意味はない。
「世界でも貴重な魔術書を目の前にして、その薄っぺらい反応は何だ」
「知らないわよ、そんなこと。で、これが何?」
 開き直り、さっさと用を済ませようとばかり私が尋ねる。
「ま、今回のところは寛大な精神で許してやろう。俺も急いでるんでな」
「で、何ページだって?」
「百五十七ページだ」
 最初のページはぱらぱら見ることができたのに、中盤からページがくっついているのか開くことができない。
「あれ? くっついちゃってるのかな? 開かないんだけど……?」
 無理やりこじ開けようと私が力を入れていると、ペンギンは慌てふためき、
「止めろ、貴重な本だと言っただろうが、馬鹿」
 ポカスカと猫よりも痛くないパンチを私に見舞う。やがてペンギンは疲れたのか、がっくりと肩を落とし、
「お前、魔力無さすぎ」
 ポツリと呟く。
「魔力って何よ。私、ただの人間だもん」
「人間でも魔力はあるんだよ」
 ペンギンは講釈をうち掛けたが、そろりとその場から逃げようとしている私に気づき、
「待て、どこに行く」
「別に……」
 すごすごと座りなおす。ペンギンは偉そうに腕を組み、
「お前とは契約を結んでんだ」
「いつの間に? そんなこと頼んでない」
「うるさい。とにかく、お前がどこに行こうと俺には手にとるようにわかるんだ。逃げようなんて無駄な努力はやめとけ」
 ペンギンはよたよたと魔法書を開き、
「仕方ない、まずはお前の魔力を上げなきゃダメか」
 言葉が終わると同時に、魔法書から光があふれる。それが先ほどペンギンを照らしていた光に似ていることに気づいた時にはその光に包まれていた。
 金色の光の渦からあふれるように、ピンクの花が舞い、白いリボンが踊り、黄色い星が流れる。光はやがて虹色になり、色を失いつつも、ポップでメルヘンチックな小物が溢れ、私に触れるとポンと弾けるように消滅する――
「……何、この格好」
 私は声を失っていた。
「いわゆる魔法少女ってやつだ」
 ペンギンの説明はあまりに馬鹿げていた。
 戦士、アマゾネス、女コマンドー……と言うならば話はわかる。飾り気の無い黒のタンクトップ。迷彩柄のパンツ。アーミーブーツに、重々しいベルトが肩と腰に巻きついている。
「これのどこが?」
「確かに、昨今の魔法少女ブームとはちょっと違うだろうが、戦闘力はダントツだ」
「魔法少女に戦闘力があるなんて知らなかったわ」
「お前の魔力を手っ取り早く上げるためだ」
 私の皮肉をものともせず、ペンギンはマイペースに話を続ける。
「とりあえず、雑魚を片っ端から倒して経験値稼ぐぞ」
 片手を握り締め、赤い丸ボタンの瞳に黒い炎を燃やす。
 このペンギン、ぬいぐるみだけど危ない。
「敵って何よ?」
「ヘボ魔法使いとそいつらの手下」
 吐き捨てる。何か因縁があるらしい。深い関わりあいにはなりたくないと私は話題を変える。
「それより、こんな格好で歩いてたらこっちが悪者だと思われるわよ」
 若干言葉が丁寧になるのは背に腹は替えられないから。ペンギンは悪人面で口元にだけ笑みを浮かべ、
「そのための魔法少女だろうが……長距離から狙え」
「うわぁ、そのためのマジカルライフル?」
 片手に持った武器を掲げてみせる。
「そうだ」
 重々しくうなづく。
「あんた、嫌われてない?」
「それはない。天才である俺がねたまれることはあっても、嫌われるなんて事実は無い」
「あ、そう。それより、私、二十歳過ぎてるから、少女ってのはちょっと世間的に問題が……」
「問題ない、変身してる間は少女だ」
 意味がわからず、姿見を覗き込む。見返すのは短髪で、ボーイッシュな印象のミリタリーグッズを身にまとった少女。
「うわ、何これ」
「説明しただろうが、変身すれば魔法少女になると」
「……十年くらい前の私の顔とは違うんだけど?」
「そういうもんだ」
 話は終わりとばかりペンギンがヨチヨチと私に近づく。
「あの、それに私、仕事あるんですけど……」
「明日から世間一般では三連休だろうが」
「……よくご存知で」
 残業疲れをとるため、だらだら過ごす予定だったのだが。
「三日あれば十分だ。それより、俺を抱えあげろ」
「は?」
「この足で長距離歩くのは手間なんだよ」
 言われるまま、ペンギンを抱える。口は悪いが、ふんわりと優しい手触りのぬいぐるみを思わず抱きしめる。
「止めろ、離せ。苦しい……」
「あぁ、ごめん」
「ったく、魔力の高いあの場所にたどりつくまで、半日がかりだぞ?」
 あの場所というのは、どうやらあのありふれた、何の変哲もない路地のことらしい。
「途中でガキに追いかけられるわ、捕まるわ、ったく」
 見た目のファンシーな可愛さに反して、中身は極悪極まりない。
「それより、この格好で歩くのは悪目立ちするんですけど」
 愚痴を漏らすペンギンの言葉を遮り、私は気になっていたことを尋ねる。普通の魔法少女っぽい格好も恥ずかしいだろうが、この格好も十分場違いで恥ずかしい。
「変身解きゃいいだろうが」
 ペンギンが両手をポンとあわせると、変身はたちまち解け元に戻る。
「あんた抱えてるとそれでも目立つんだけど」
「さっきよりはましだろうが」

 翌日から始まった経験血の荒稼ぎは驚くほど順調だった。ペンギンが指定した相手――たぶん魔法使いか、その関係者を私はずいぶん距離のある物陰からマジカルライフルで狙い撃ちするだけなのだから。
 ライフルは見た目はそのもののごついものだったが、魔法少女だけのことはあり、引き金を引くと可愛らしい音とともに、黄色い星だとか、小さな白い花だとか、ピンクのハートが飛出し、金色の光やら銀色の光が相手を貫く。
 しかも、自動追跡装置でもついているのか、大体の場所を狙って打てば勝手に目標に当たってくれる。その原理を尋ねた私にペンギンは難しい専門用語を用いて語ったので、私には何のことやらさっぱりわからなかった。
 撃たれた相手は怪我をした様子も無く、驚いて倒れることはあっても、ただそれだけ。それについての説明もペンギンはしかけたが、私があくびしているのを見た途端黙り込み、続きを語ろうとはしない。

 三日目ともなれば慣れてくる。
「なんだか悪役の気分よ」
 スコープを覗き込みながら私が漏らせば、
「馬鹿言え、こっちに気づかないあいつらが悪いんだ」
 ペンギンは望遠鏡を覗き込みながら、次の獲物を探す。
「あの青い服の男だ」
「オッケー」
 この場にそぐわぬ可愛らしい音とともに、ファンシーな魔法が銃口から飛び出し、相手を貫く。相手はよろめき、辺りを見渡すが、物陰に隠れたペンギンと私には気づかない。狐につままれたような顔をして、そのまま立ち去ってゆく。
「よし、」
 ペンギンは精一杯物陰に隠れ、相手が立ち去るのを見届けると、相手に対する罵詈雑言を吐きつつ、盛大な笑い声を上げる。悪役っぽいと私が思うのは、このせいでもある。
 可愛らしいベルの音がして、私の頭上でポンとくす玉でも割れたかのように、色とりどりの花びらが舞う。私の魔力が上がったのだ。これで何度目だろう。魔法で出現したそれらは、地に触れることなく消えてゆく。
「ねぇ、もうあのページ開けるくらい魔力アップしたんじゃない?」
 私が尋ねるが、ペンギンはそれどころじゃない様子で、
「次はこっちだ、黄色い馬鹿みたいな帽子かぶってる女だ」
「次は、右手の派手なジャケットの若いやつ」
「お次は、その向こう……」
 日が沈む頃、ようやくペンギンの気が済んだのか、晴れ晴れとした顔で私を見やる。
「……え?」
「『え』じゃない」
 私は強面で微笑む。
「この格好、どう見てもレベルアップしたからよね?」
 装備している武器が格段に物騒なものになっている。装甲車の一台や二台、何とかなりそうだ。
「魔法書、貸して」
 ペンギンから奪い取るように魔法書を開く。図形にしか見えなかった文字がすらすら読める。ペンギンがこだわっていたページには『魔法使いを封じる魔法』が記されていた。
「へー、魔法使いを器となるものに閉じ込め、一定の条件をクリアすれば元に戻る魔法……ねぇ」
 じろりとペンギンを見やる。
「解除の魔法が書いてあるだろ?」
「無いわよ、ほら」
 ペンギンに見せる。
「……読めない」
「あんた、自分のこと天才だとか言ってなかった?」
「封じられたときに魔力も封じられたんだよ」
「へー、それで? 一定の条件って何言われたの?」
 私が詰め寄ると、ペンギンは目をそらし遠くを見やる。
「何て言われたの?」
 ペンギンは泣きそうな顔で、
「……みんなと仲良くする」
「ほぉ」
 私はマジカルロケットランチャーをペンギンに向け、
「ちょっと待て、冗談だって――」
 ためらいなく引き金を引いた。

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『魔法使いと黄色いペンギン』をご覧いただきありがとうございました。

2006/01/07 「覆面作家企画」用  あとがき〔2006〕
2011/04/18 サイトが閉鎖されたようなので、こちらにアップしなおし。
2012/01/18 訂正

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