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トモミとアキラ

グレーは白か、それとも黒か。

→岩代秋良

 五月の教室。四月の教室に満ちていた緊張や不安などはとうに無くなり、ただ生ぬるい怠惰が居座っている。衣替えまでまだ少し日がある。開けられた窓から吹き込む初夏の風がカーテンを舞い上がらせ、パラパラと教科書やノートが音を立てて捲られるが、窓は閉められない。授業中だというのに、のどか過ぎ、眠たくてたまらない。
 だるい。秋良は落ちそうになる意識をなんとか保つ。この程度のことで姿勢を崩してはいけない。秋良は黒板に向けていた視線を保つのを諦め、目の前に座る男子生徒の後頭部へ移す。少し視線を落としただけでも、楽になった。つむってしまいそうな目をしばたかせ、長老と呼ばれている教師を見やる。優等生を演じたいわけじゃ無いけれど、怠惰だとは言われたくない。
 頑張って目を開け、姿勢を正す。苦痛はあと何分続くか、黒板の上にかけられた時計を見やり、そっと息をつく。周囲は皆、頭を下げるか堂々と机に覆いかぶさっている。イビキが聞こえないだけ、まだマシなのだろうか、教師は彼らを起こすことなく朗々と自己の世界に浸りきり、言葉を紡いでいる。黒板に書かれた文字は、授業最初に書かれた数行だけで、書き加えられることもない。眠たい。
 目の前の後ろ頭は動かない。眠っているのかとも思っていたが、どうも熱心に教師の演説を聴いているらしいとわかって、腹立たしくなった。こちらはずいぶん眠気に苦戦しているというのに。
 国語教師のはずだが、授業開始五分後から話題は変わり続ける。秋良を最大限苦しめていたガスだの質量だのの話から、気づけばギリシャ神話に話が変わっている。具体的な数字が登場しない分、眠気が和らぐ。雑多な知識量はすごいが、老いた教師の柔らかな声質と独特の抑揚を持つ口調は授業向きではない。
 秋良は開放されたとばかりの顔で話に聞き入る。なかなか面白いじゃないかと思い始めた頃、目の前の頭が舟をこいでいるのを知る。勝った。勝負していたわけじゃないが嬉しくなる。
 放課後、まっすぐ図書館へ向かう。学校の中で一番人気の無い場所。いつ行っても、お婆さん司書さんの姿しか見かけない。
 雑誌を手に取り、個別ブースに腰を下ろして時間をつぶす。一時間もそうしていれば、帰宅学生の波も無くなり、帰宅しやすい。
 数分した頃、人の気配に顔を上げた。図書館に司書さんと自分以外の誰かが訪れるなんて珍しいと思いつつ、見やる。おや、クラスメイトだ。しかも前の席の男子生徒だ。彼は司書さんにメモを見せて尋ね、指示された書棚に移る。抱えるほどの本を持ち、席に付こうとした彼は秋良に気づく。
「……アキラ、さん?」
 数度、目を左右に泳がせた後、彼は秋良の名前を呼んだ。しかたないと自分でも思う。苗字より、名前にインパクトがあるのだから。
「岩代です」
 短く名乗り、彼の名前を思い出そうとするが、同じく名前しか思い出せない。彼も同じく、名前にインパクトがあるからだ。彼は微笑んで、
「矢谷。矢谷知海。ここで何しているの、岩城さん」
 時間つぶし、とは言いがたい。目の前には大量の本を持った矢谷。自分は雑誌。授業中、一方的に対抗意識を燃やしているからか、ここで時間つぶしなんて答えたら負けてしまう気がする。
「矢谷くんこそ何してるの?」
 興味は無いが尋ねる。攻撃は最大の防御なり。
「今日の星雲の話、面白かったから先生にオススメの本を聞いてきたんだ。それ、読んでみようと思って」
 星雲の話。あの一番眠たかった時間の話題だ。あれを面白い、なんていう人間がいるとは思わなかった。
「ずいぶん本があるのね」
 分厚いの、薄いの、写真が多そうなもの、文字ばかりのものいろいろある。
「何を読んだらいいのかわからないから、一番簡単そうなのから借りようかと思って」
 実に楽しそう。やっぱり負けてる気がする。一番上の一冊を手に取り、パラパラめくる。数字とカタカナがたくさん書かれてる。
「岩城さん、天文に興味あるの?」
「ないわ」
 好みが白黒はっきりしているのが秋良の性格だ。でも、二冊目に手を伸ばす。写真入りで、雑誌風。文章は少なめ。三冊目。イラストと文章。星座に関する物語。読みやすそう。
「これ、借りるわ」
 矢谷は戸惑い気味にうなづく。雑誌を戻し、司書さんの手を借りず、貸し出し手続きをやってしまう。通いなれているからか、信用されているからか、ただ単に面倒くさいだけなのか。司書さんは手元の本から目もあげない。
 扉を閉める前、振り返ると矢谷が熱心に本を読んでいた。面白いらしい。あんなに眠たくて退屈な話のどこが面白かったのだろう? 再来週は中間テストもあるというのに、これ、読んでいて大丈夫なのだろうか。手元の本に目をやり、矢谷を見、カバンにしまいこむ。とにかく、負けてはいられない。


→矢谷知海

 中間テストが終わり、人心地つく。中間の結果によっては安堵してもいられないが、期末テストが直前に迫らなければたいして不安になることも無い。学校生活に穏かな時間が再び流れ出す。
 テスト答案が返され、一喜一憂するクラスメイト達など眼中に無い様子で、ホームルーム終了後、秋良は席を立つ。追いかけるように矢谷も席を立ち、図書館へ向かう。
 前を歩く秋良の背中。追いつき、追い抜かそうと足を速めるが、途中、友人に話しかけられ足を止める。いつもそれで秋良に遅れをとる。そわそわしながらも、テスト結果を確認しあう。借りたい天文関係の本がまた、秋良に先に借りられてしまう。嫌がらせなのか何なのか。天文は好きじゃないといいながら、図書貸し出しカードには秋良の名前が並んでいく。それを追うように自分の名前。最初は偶然だと思っていたが、司書さんの言葉で気が付いた。
「岩代さんもあなたも、天文好きなのね」
「僕はそうですけど、岩代さんは特に天文が好きってわけじゃないと……」
 矢谷は岩代が読書家なのだろうと思っていた。人気の無い図書館を利用している知り合いの読んでいる本が気になっていただけだと。
「でも、岩城さんが出してる購入希望の本って天文関係の本ばかりよ」
 図書カード置き場の近くに置かれた購入希望用紙とその回収箱。手作りの回収箱から用紙を取り出しつつ、紙を広げる。同じ書体で書かれた天文関係のタイトルばかり数冊分。自分が読みたいと思っていた本も数冊含まれている。
「図書購入希望を出したって購入するのも遅いし、希望に答えられないことも多いんだから……岩城さん、よっぽど天文好きなんだと思っていたわ。彼女、本なんてあまり借りないから」
 司書さんは読んでいた本に目を戻す。
「岩城さん、読書好きじゃないんですか?」
「そんな風には見えないけれど」
 本の虫がそう言うのならば、そうなのかもしれない。

 テスト終了に浮かれている友人と別れ、ようよう図書館にたどりつく。秋良はすでに定位置で読書中で、矢谷の借りたい本は返却コーナーに並べられている。彼女が読んでいる本は、やっぱり天文の本だった。
「天文部、入らない?」
 思い切って声をかける。秋良はそこで初めて気づいたような顔で矢谷を見、不思議そうに首をかしげ、
「天文部なんてあった?」
 四月の部活動紹介で名前はあがっていなかった。
「部活というか、サークルというか。僕が作ったんだ。部員は今のところ僕だけなんだけど」
「そう。でも残念。私、部活動するつもりないの」
 本に目を落とす。話はそこで終わり、というポーズ。
「今度の金曜の屋上でやってるから」
 言うだけ言って、本を借り、矢谷は帰途に着く。きっと秋良は来ないだろう。世の中、天文好きなんてそうそういないものだとここ数日の部員勧誘活動で思い知らされたところだ。


→岩代秋良

 制服が可愛い。それをこの高校の志望動機にする女子生徒は多い。冬は黒地のセーラー服に白のリボン。夏は白地に黒のリボン。デザイナーものではなく、十数年前の校長のデザインということだが、洒落ている。
 けれど、秋良がこの高校に決めたのは制服ではなく、近さからだった。徒歩三秒。校門を出てすぐ目と鼻の先にある古い木造家屋がそうだった。同じ小学校出身者には知れ渡っている事実だけれど、わざわざ、それを知る人間を増やす必要は無い。部活動も行わないのも、あまり友人を作らないのも、人目を避けて登下校するのもそのためだ、と秋良はそれを言い訳にしていた。本当は、ただ、人付き合いが面倒臭いだけだったのだけれど。
 四月の終わり。図書館は家の反対方向に面していて、日当たりが良い。眠ってしまいたいような陽気だからといって、いい年して学校で眠るわけにもいかない。眠気を覚まそうと雑誌をめくり、景色を見て、たまに来る貸し出しの仕事を司書さんの代わりにやる。貸し出しの仕方は利用案内と書かれたプリントに書いてあるのだけれど、誰も読まないらしく、司書さんが切りの良いところまで読み終わるまで待たされる。
 本の虫の司書さんは、いつでも本を読んでいる姿しか見かけない。いつ、司書としての仕事をいつしているのか疑問だけれど、きっと見ていないときに仕事をしているのだろうと考える。あんなに読んでいるのだから、いつか読む本がなくなってしまいそうなのに、そんなことにはならないらしい。図書館にある本だけでも結構あるのに、世界中に本って、どれだけあるんだろう。
 独りでいる時間が秋良は好きで、結構楽しかったりするのだけれど、誰にも理解してもらえない。だから、この図書館はかっこうの隠れ蓑だ。
 宿題を取り出し、片付けてしまう。高校生にもなったのだから、予習もやったほうがいいのだろうけれど、入学して一ヶ月。まだまだ不安がるほど授業も進んでいない。
 先日から勝手にやりはじめた本棚の整理を再開する。番号順になれべれば良い、と最初は思っていたのに、やってみると、一つの棚に上手いこと並びきらない。歯が抜けたように、本の背に書かれた番号が飛ぶところもある。貸し出されたままなのか、なくなってしまったのかは不明。変なタイトルの本があればパラパラめくってみたりするので、なかなか作業ははかどらない。いまのところ、一つも気持ちよく本が並んだ棚はない。
「生物に理科、天文に化学か」
 大きさも高さも厚さもばらばらで、高校の図書館なのに、小学生向けと書かれた本もある。最初からこれじゃ、番号順に並べたって綺麗に並んだりしないだろう。パラパラめくれば、どれも写真がいっぱい載っている。こんなもの、誰が借りるんだろう。
 気づけば、国語教師の長老がやってきていた。司書さんの茶飲み友達らしく、時々やってきて会話を交わす。二人並んで本を読んでいることもよくある。二人とも、本を大量に読んでいるからか、広く深く、会話はいつも突拍子ないのに尽きることも無い。
 良い加減の時間になったので、下校する。


→矢谷知海

 翌週の金曜日。天文部としては夜空を見上げたいところだが、部活として確立しておらず、顧問もいないので夜まで活動することが出来ない。屋上で月を見上げながら本を読む以外、活動のしようが無い。ゆくゆくは天体望遠鏡で空を見上げたいが、まだまだその段階にも無い。
 屋上で本屋で買ってきた天文雑誌を広げる。太陽光がまぶしく、紙面がちらついて読みにくい。雑誌は屋内で読んだほうがいいかもしれない。
「それが天文部の活動?」
 声に顔を上げると秋良の姿。
「屋上じゃなくても出来るんじゃない?」
 風にあおられながら歩いてくる。セミロングの髪が風に煽られ、乱れている。風が強いからか、いつもより屋上の人影は少ない。
「来てくれたんだ、ありがとう。いつかは天体望遠鏡で星を見る予定だよ」
「それって部活じゃなくて、個人的に購入したほうが早くない?」
 それを言っちゃおしまいだ。部活に昇格させるのも難しい現在、部費も無いから何を買うにも個人負担。矢谷の趣味でしかない。
 澄み渡った青い空。白い雲。白い月。丘の上に立つ高校だから、見通しも良い。
「これじゃプラネタリウムにでも通ったほうが早そうね」
「まぁ、活動しはじめたばかりだから」
「部員は最低五人だったわよね。集まったの?」
 首を振る。
「僕と岩代さんで二人」
「私は入部するとは言ってない」
 その言葉に矢谷は驚く。
「天文部に興味があるから、ここに来てくれたんじゃないの?」
 まじまじと秋良の顔をみやる。目を合わせ、目をそらし、秋良はつぶやく。
「天文のどこが面白いわけ?」
「どこがって」
 矢谷は言葉に詰まり、
「岩代さんこそ、天文のどこに興味があるわけ?」
 好きじゃないと言う割りに、名前の書かれた貸し出しカードは多い。
「矢谷君って授業中、寝てばっかりの癖に成績いいのね」
 不意に話が変わる。
「私、すぐ後ろの席でしょ? 返却された答案の点数、偶然見ちゃったの」
 悪びれもせず、秋良は言葉を続ける。
「唯一の趣味は天文みたいだけど、いつ、借りた本を読んでるの? テスト中も借りてたでしょ?」
 それを言うなら秋良も同じはずだ。毎日、名前の書かれた貸し出しカードは増えていた。それを見て、頑張って読んでいたというのに。
「借りた本、全部読めるわけ無いでしょ。あんな短時間で」
 確かに、後を追いかけて本を読んでいくのは大変だった。
「じゃあ、何で」
 興味も無い本を、読みもしないのに借りまくっていたのだろう。
 秋良は答えようと口を開きかけ、難しそうな顔をして首をかしげる。
「来週もここ?」
「あぁ」
 秋良は次の週も屋上にやってきた。

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『グレーは白か、それとも黒か。』をご覧いただきありがとうございました。

2008/04/01 「突発性競作企画:再・黒白」参加作品。自分は白黒はっきりした性格だと思っている彼女が、自分の中のグレーな(曖昧な)気持ちに気が付いてしまう…というお話。当初は美術部にする予定だったのだけれど、書いていてこの二人、秋良&知海の天文部コンビに似てるなぁと思い始めたが最後でした。秋良&知海は「月夜の散歩」に登場してる二人組みです。

2008/08/05 書いたのはこちらのほうが後ですが、物語の時系列的には「グレーは白か、それとも黒か。」→「月夜の散歩」になります。

2009/01/12 やってしまってた。。。 「グレーは…」のアキラ家と「月夜の…」のトモミ家が同じとこにある。致命的なうえ、書き直しようが無い。。。

2012/01/19 訂正

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