トモミとアキラ

月夜の散歩

「今日は稀に見る綺麗な満月らしいね」
 秋良あきらは振り向きもせず知海ともみに語りかける。後ろに目が付いているのか、それともそうとう耳が良く、足音を聞きわけているのか。
 そろりと近づいていた知海は小さくため息をつき、
「らしいね」
 秋良の隣に陣取り、いつも通りどこへともなく視線を向ける。澄み渡った空の下、灰色のコンクリート製の角張った校舎。そこに並んで立つセーラー服と学生服。妙な取り合わせだ。
 昼休みだが、高校の屋上には誰の姿も無い。本当は立ち入りが許されている場所ではない。だが、天文部である知海は唯一、屋上に出入りするための鍵を持っている……はずだった。
 ちらりと秋良の顔をうかがう。どうやってここに出入りしているのかいまだに聞き出せない。
 秋良はその視線に気づいたのか、微笑を浮かべ顔を向ける。
「今度、天文部でイベントするの?」
 いつもながらの嫌味。知海一人きりでは部活のしようがないことをわかっていて言っているとしか思えない。知海が何度促しても、秋良は入部してくれず、かといって興味がないわけではないらしい。
「大流星郡。もうすぐでしょ」
 秋良が楽しそうに笑う。
「散歩、でもしようかな……」
 たった一人で星を見るのも悪くは無いが、なんだかさびしい。なんとなく思いつきで言ったことだったが、
「へぇ……悪くないね」
 知海は秋良を振り向き見る。
「参加するの?」
 秋良は顔を向けもせず、こくりと頷く。風に髪が巻き上げられ、横顔をうかが い見ることができない。
「危ないよ、夜歩きなんて」
 知海の言葉に秋良は振り向き、まじまじと顔を見る。
「知海、時々してるでしょ?」
 その通り、星を見るため夜歩きをしている。そのことは何度となく秋良にも話している。
「だから参加する。知海のうちの前に十九時くらいに行くね」
 無邪気な笑みを見せ、秋良は屋上を後にした。
「本気で?」
 去りゆく背中に知海は小さな声で語りかけた。

*******

 予告通りに秋良は知海のうちへ訪れた。変に勘ぐられるのは困るので、母に出かけることを簡略に伝え知海はうちを出る。
「本当に来たんだ」
「参加するって言ったよね?」
 秋良は淡い緑色のパーカーに両手を突っ込み、にやりと笑う。黒色のジーパンに深緑色のリュック。スニーカーとリュックに反射板。
「慣れた格好だね」
「うちの窓から夜歩きする知海の姿、何度か見たから」
 知海は秋良のうちを知らない。知海のうちは高校の前、ゆっくり歩いても三秒とわかりやすい場所にあるから、知れ渡っているのだが。
「じゃ、行こうか」
 秋良はどこへ行くのか決めているらしい。知海はいつも行き先も決めず、夜空を見ながらぶらぶら歩くだけだったので、
「どこへ?」
「ついてくればわかる」
 それだけ言って秋良はずんずんと歩いていく。
 知海は黒色のジャケットのチャックを首まで閉め、秋良の後を追いかける。夜は意外と肌寒い。

 一時間ばかりも歩いただろうか。小高い丘の上の公園にたどり着き、秋良はベンチにへたり込む。暖かい昼間に一時間歩くのと、肌寒い中一時間歩くのは体力の消耗が違う。
「よく歩いたよね」
 知海も隣に座り込む。秋良はリュックを下ろし、中から水筒を取り出す。
「どこに行く気?」
 これ以上歩かされるのはかなわないとばかり、知海は秋良にたずねる。知海の声に、秋良はカップに注いだミルクティーを差し出し、
「満月、綺麗だよね」
 はぐらかす。
「あの月が石の塊だなんて、信じられない」
 秋良が何を言いたいのかわからず、知海は曖昧に頷き返す。
「月は一年に三八ミリづつ、地球から離れてるんだよね」
「……詳しいね」
 秋良は帰宅部な上、暇なときは屋上で空を見上げている。だったら天文部に入ってくれてもいいのにと何度も誘うが、決して入部してはくれない。
「太古の昔、もっともっと月は大きかったんだろうね」
 懐かしむような瞳で秋良は月を見上げる。
「ロマンチストだよね、たまに秋良って」
 照れ隠しのようにミルクティーのお代わりを知海は渡される。秋良は自分のカップの中身を飲み干すと、
「月光浴って一度してみたかったんだ」
 笑みを浮かべて空を見る。
 知海も同じように月を見上げる。
 真っ暗な夜空に浮かぶ、丸い円。
 その輝きにかき消された小さな星々。
 息を呑むほどの静寂で潔癖な美しさ。
「――おかげで星が見えない」
 秋良の不満そうな声に、くすりと秋良が笑い、
「秋良は土星が好きなんだっけ?」
「最高でしょ、あの輪っかとかあの縞々とか」
 にやりと笑い返す。
 秋良は困ったような顔をして、
「火星も捨てがたいけどね」
 ふわりと微笑む。
 秋良らしくない柔らかな笑み。秋良の性別など今まで一度も考えたことが無かったのに、急にドギマギしてしまう。
「え……あ、うん」
 妙な返事を返すも、秋良は気づかなかったらしく帰り支度を始める。
「寒くなったし帰ろうか」
「……気が済んだって事?」
「そういうこと」
 秋良は答え、歩き始める。
「結局何がしたかった訳?」
 並んで歩き始めた知海だったが秋良の顔をまともに見ることはできない。その代わり、満足げな表情の秋良が知海の顔を覗き込む。
 月の光を受け、キラめく秋良の瞳。そこに映るのは不安そうな、困惑した自分の顔。
「秋良、本当に何がしたかったの?」
 恐る恐る尋ねる。秋良は決心するように一つ息を吸い込んで、
「満月の魔力」
「は?」
「試してみたかったの」
 知海がその意味を知るのは半年も後のことだった。

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『月夜の散歩』をご覧いただきありがとうございました。

■04/03/31 明良あきら は女の子で、知海ともみは男の子って事で書いてます。最初は知海じゃなくて江見えみって名前にしようと思ってたんですが、苗字だと性別がわかるよなぁ…それじゃ面白くないなぁ…ってことで。
内容は…性別のわからないような名前の男女が屋上で空を見て、話をしてるって場が書きたかっただけです。すいません。台詞的に言葉遣いがいまいちですが、目標が性別不明にするって事だったんで、妙な言い回しさせてます、お二方には。一人称も出さないよう、頑張って(?)みました。突発性競作企画第7弾「月夜」に参加してます。

2004-04-14  改稿。
2006-06-10  改稿。
2012/01/19 訂正

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