ラムダ

七.エリア

 窓からは、繊細な朝の光が差し込んでくる。小鳥たちのにぎやかな歌声が、早朝の息吹を吹き飛ばそうとするかのように、騒々しく響いている。
 扉の前。ため息つきそうになるのをこらえ、気合を入れ、軽くノック。朝から憂鬱な気分で始めてたら、夜には死にそうな気分になる。
「おはようございます。殿下、朝です。起きてください」
 カーテンを開けて、ドレスやアクセサリーをひっぱり出す。選び終わった頃には起きてくれれば良いけれど……。
「おはよう……ございます」
 その声にエリアは驚いた。目を丸くして、ベッドに身を起こすミルクを見やる。
「どうされました? お風邪をお召しですか? 声が違いますね。それにしても、今日はお早いお目覚めで――」
 混乱しながらミルクに近寄り、断りを入れてから額に触れる。熱は無い。
「のど、痛みます? お薬持って来ましょうか?」
「大丈夫」
 しおらしい。姫らしい。まるで、ミルクではないようだ。
「殿下、新しい遊びですか? 顔を洗ってください。それから着替えを――こちらのドレスにしましょうか。あの、殿下?」
 様子がおかしい。
「殿下、大人しくと言うのは何もしゃべるなという意味ではございません」
 それでも何も話さない。
「髪をお梳きしましょう」
 ミルクの背後に回りこむ。そこでようやくエリアは気づく。
「あなた、誰?」
「僕は――」
 僕。ミルクに良く似ているのに、これは少年。驚愕。
「待って」
 少年が何か言いかけるのをさえぎり、エリアは早口にまくし立てる。
「いいわ。もうどうでもいい。あなたは殿下じゃないのね。どうしたらいいのよ。殿下はどこ!? あのじゃじゃ馬、帰って来ない気? お姫様暮らししてた人間が、庶民として暮らしていけるわけ無いでしょ、何考えてるのよ!」
 ライトの肩に手をかけ、じっと顔を覗き込む。
「とにかく、殿下がお戻りになられるまで、あなたは殿下の代わりをきっちりしていただきますから」
 少年はその迫力に首を縦に動かす。
「殿下は風邪で体調を崩していることにしましょう。あなた、そのまま寝てて。誰が来ても何もいわなくて良いわ。私が代わりに答えるから。のどが痛そうにしてて」

 四日経ったが、ミルクは帰ってこなかった。報告書も受け取ったので、無闇に滞在を伸ばすこともできない。早急に帰ってくるよう出立の際、アリシア殿下にも強く言われている。風邪でふせっているという言い訳も、帝国内でのミルクの立場が弱いので、強く言っても通らない。今日中には発たなければいけない。
 エリアは静かに笑う。声だけは笑っているが、顔も目も、笑っていない。ただひたすら怖い。同行の兵士達には風邪だと言ってある。それをまだ、誰も疑ってないのは幸い。けれど、姫のかわりに良く似た少年を連れ帰れば、絶対にばれる。そうなれば、自分の首が危ない。
 人を雇って内密にミルクを探しているが、神隠しにでもあったように、行方が知れない。痕跡も無い。エリアは笑う。
「このまま姫が見つからなかったら……あなた一生、殿下として過ごしていただかないといけないわね」
 出立の時が近づき、エリアの言動に怪しさが増す。窓にもドアにも鍵が掛けられ、見張りが立っている。ライトが逃げ出したくても、その隙が無い。たっぷり休んだので記憶は回復していたが、周囲の状況を理解したときには遅かった。
 出立の挨拶のため、城へ出向く時間になった。体の線を隠すようなドレスに着替えさせられる。しゃべることは禁じられ、魔法を掛けられる。
「怖がることはないわ。これを見て――」
 エリアが取り出した水晶を見つめていたら、なんだか気持ちよくなった。エリアの声が遠くから聞こえる。ライトは、自分が霧の中に立っているのに気づく。何も見えない。遠くから、柔らかで、絶対的な声が響く。それに従えば、良いような気がする。自我を手放す。


八.リア二

 報告を受け、厳しい顔で兵士宿舎の一室に駆け込んだ王妃は愕然とした。ミルクに似た少年だけ、姿が無い。
「あの少年は?」
「わかりません」
 イルクシが緊張した顔で首を振る。少年の姿を最後に見たのは、四日前。ドイル先生、王妃、イルクシ、マリンでこの部屋を訪れたときだ。
 その後、城中の手の開いているものは帝国に依頼された報告書をまとめるため、忙しくしていた。少年の姿が無いことには気づいていたが、目覚めてトイレにでも行ったのだろうと思っていた。この部屋につきっきりだったドイル先生は、王妃が少年をどこかにやったと考えていた。互いに連絡を取る暇もなかった。帝国の人間が城内をうろついていたせいもある。
「この窓から出たのね」
 リアは鍵のかかっていない窓を開ける。気持ちのいい風が室内に吹き込む。空は綺麗な青色。精魂こめた庭も美しい。
「どこに行ったのかしら。何も騒ぎが起きていないところをみると、帝国側にばれていないようですわね。まだこの辺にいると思われますか?」
「さぁて」
 ドイル先生が難しい顔をする。
「観光客も多いですからな」
「そうですわね。出入りの人間を調べることも不可能。こちらの黒髪の青年に話を聞くしかありませんわね。先生、こちらの肩の容態は?」
「わかりませんな。どうも、魔法のようですから」
「手の出しようが無いって事ですのね」
 リアは唇をかむ。悪い癖だとわかっているが、今は緊急事態だ。この国は武術は盛んだが、魔法に詳しい人間はいない。南にいけば、魔法が盛んだった森がある。魔法使いなんて、生まれ持った資質が重要で、その後にいくら修行しても意味をなさない。能力を持ち合わせていないものは、いくら頑張っても魔法を使えない。この国は、そんな魔法の使えない人が集まってできた国だ。
「来るべき時がきたのね」
 リアが口にする。ドイル先生が、とがめるような目線をおくり、深く、大きな息をつく。
「何事にも、終わりがありますからな」
「イルクシ、マリンをマリネのところに連れて行って。あなたも一緒に行けばいい。全ての民にこの王国から去るよう通達を出します。もうすぐ、ここは戦場になるわ」
「王妃様、私は――」
 残りますと、続けようとしたイルクシの声を王妃はさえぎる。
「行きなさい。この王国を何とか延命させてきたけれど――終わりが来ること、見えていたでしょう? これでやっと終わるの」
 リアは静かな顔をしていた。


九.ライキ

「ここは?」
 薄暗く、低い天井。ミルクはくらくらする頭に手をやりながら、起き上がる。時々意識が戻るたび、薬をかがされた。今は揺れていないから、馬車が止まっているのだろうか。それとも、どこかに移されたのか。
 窓はあったが、外からふさがれている。ガラクタと布地があふれ、物置のような部屋だ。部屋から出られそうもないので、途方にくれて、先ほどまで寝ていたベッドに腰掛ける。
 ガチャリと鍵の開く音。
「起きたか」
 声の主に顔を向ける。気を失う直前に見た少年だ。ドアを開けたまま入ってくる。鍵はドアにさしっぱなし。無用心だが、仲間がいるのだろう。人さらいならば、この少年一人だけということはない。今、騒いでも意味が無い。
 少年はミルクの前で腕を組んで仁王立ちし、腹の底から怒鳴る。
「あんな書置きのこして旅に出るやつがどこの世界にいるんだ!?」
 何を言われたのかわからない。耳も痛い。ミルクはようよう声を出す。
「書置き?」
「これだ」
 紙には『ちょっとそこまで。すぐ帰る』とだけ、流暢な字で書かれている。
「まったく、いい加減にしろよ。私は立場上、お前の婚約者だから、こんな真似をされると大変迷惑なんだ。クリフに隠し事するなんて、寿命がいくらあっても足りない」
 ものすごく怒っている。それより、ミルクは驚いた。
「婚約者って、あなた、まさか女の子?」
「何言ってる? お前、頭おかしくなったのか?」
 呆れ顔。声は低いものの、男の声じゃない。背も低いし、態度も口調も女性らしさは無いが、よくよく見れば少年じゃない。
「あの、私。ミルクっていうの。あなた勘違いしてるのよ」
「勘違い?」
 腹立たしそうにつぶやきながら、少女は固まる。
「え。じゃあ、あんた、ミルク――殿下?」
 今度はミルクが驚く。帝国内。姉であるアリシアの顔は知れ渡っているが、自分は表に出ていない。出ないようにされている。だから、顔を知っている人間は少ないのに。
「あなた、誰?」
 ただの人さらいではない。
「カリエ=ボルト王国の人? 謁見のとき、いなかったわよね?」
「違う」
 少女は慌てた様子で言い、かしこまる。
「失礼しました。ここは帝都です。私はライキ=マクスウェル。私は殿下と、ライト・ブラッドリーを間違えたのです」
 ここが帝都とは。では、あの少年――ライトは私の身代わりをさせられているはず。エリアのことだ。魔法で自我を封じ込めて操っているだろう。
「殿下。ライト・ブラッドリーというのは殿下の弟君で――」
「お、弟?」
「はい。ヘレン様が双子を出産なさり、ミルク様はそのままに。男児であるライトは、フランク様から友人であったクリフ・レイモンド――この家の主に預けられました。謀殺される可能性が高かったので」
「アリシアにってことね」
 十二歳上のアリシアのこと。男児なら間違いなく殺っただろう。帝国は父の代まで男児の世襲制だったが、父に男児が生まれないのを良いことに、アリシアが法を変えさせた。反対した叔父達は幽閉されたり、行方知れずになっていたり。
「ヘレン様にも男児は死産だったと伝えられていました。ですから、ライトの存在はフランク様とクリフ、そして私以外、知らないのです」
 ライキの顔が強張っている。何を考えているのか、ミルクも理解する。ミルクがここにいるのに、誰も騒いでいない。それは代わりがいるから。
「私は立場上はライトの婚約者ですが、お目付け役というか、世話係というか、姉のような感じなのです」
 ライトを心配しているのだ、と気づいて、なんだか切なくなった。同時に申し訳ないと思う。
「――入れ替わる、じゃないわね。元に戻らなきゃダメね」
「はい?」
「今回みたいにまた入れ替わるの。問題はどこでってことだけれど……別荘ね。警護の手が薄いのは。いくつか候補があるけど、どれかに絞ってそちらで潜伏してるしかないわ」
「どういうことですか?」
「私、基本的に行事に参加してるときは魔法で身動き封じられてたの。ライト君もそうされるはずよ。それって精神的にかなりストレスがかかるから、療養する必要が出てくるの。療養って言っても、監視付きで塔の一室に閉じ込められるんだけれどね」
 ミルクは笑う。
「ライト君、助けましょ」
 ライキは言葉が見つからず、ただ頭を下げた。


十.アリシア

 ミルク一行は帝都に到着した。まず、アリシアの待つ部屋へ通される。
「おかえりなさい、ミルク」
 黒い髪の女性が出迎える。やさしげな微笑。帝国民、誰もがよく知るアリシアの顔。
「エリア、どうして私の前でも魔法を掛けたままなの?」
 いつもなら、ミルクはとても反抗的な態度をとる。話ができないことも多い。それが、楽しいのに。
 エリアは青い顔をしながら、魔法を解く。
「ここ、どこ?」
 ライトが周囲を見渡し、アリシアの顔を見る。
「アリシア殿下?」
「エリア。こちらはどなた?」
 微笑。エリアの顔はますます青くなる。
「ミルク殿下はこのものを身代わりに姿を消されまして――行方はまだ……」
「私は名前を尋ねているだけよ?」
 ライトはかしこまる。帝国流のやり方。
「僕はライト・ブラッドリーと申します。名乗っておりませんから、エリアさんは僕の名前を知りません」
「あらあら。ブラッドリーさんとおっしゃるの」
 帝国内でありふれた名前。どこの誰だか調べようが無いが、この物腰。高い教育を受けている人間だ。だとすれば絞りこめるはず。
 ライトはミルクに似ている。似すぎている。年齢も同じくらいだろう。そういえば、ミルクの母、ヘレンは双子の一人を死産していたはずだ。あれが死産でなかったとすれば――アリシアは微笑む。思わぬ拾い物をした。
 アリシアを知らない人間が見れば、穢れの無い、聖母のような微笑み。
「ブラッドリーさん。とにかく長旅でお疲れでしょうから、休まれてください。エリア、あなたはこの方のお世話をなさい」
「は、はい。ありがとうございます。感謝いたします、お優しいアリシア殿下。ありがとうございます」
 首がつながったと、感涙顔のエリア。二人は部屋を出る。

 完全に二人の気配が無くなってから、アリシアは背後に控えていた女に声を掛ける。アリシアと同じ黒髪のラムダ。
「ラムダさん、協力して下さいますね」
「お断り、します」
 アリシアの言葉が、甘い蜜のように頭に染み込んでくる。これは魔法だとわかっていながら、ラムダにはそれを防ぐすべが無い。何が正しいのか、何が現実なのかわからない。朦朧とした意識で、崩れ落ちていく記憶を信じる。
「あらあら。カリエ=ボルト王国は私の弟であるライトをさらい、今まで隠していたのですよ? もしかしたら、あなたが心配されているカイさん、ルカさんもいらっしゃるかもしれない」
「カイ……ルカ……」
「きっと、そこにいるわ。囚われている」
 微笑みと共に、ラムダに語る。ラムダは揺れる。
 ルカを止めなければいけない。カイはどこに行ったのかしら? 死んでない。まだ、生きてる。カイは無事。ルカは大丈夫かしら。カイは私を助けてくれる。いつだってそうだった。違う、カイは死んだ。いいえ、まだ生きてる。私を助ける? カイは死んだのに。死んでないわ。助けて――
「カイを助けてあげないの?」
「カイ……カイを――助けないと」
「えぇ、そうね。カイを助けるために、カリエ=ボルト王国を滅ぼしましょう」
「滅ぼす?」
「悪い国だから。心を痛めることは無いわ」
 没落した国だけれど、あの国があり続けると、何かと都合が悪い。古い国だから、信望がある。現王妃のリアのカリスマも凄い。この大陸のあちこちで名のある武術家は皆、あの王国出身者。この国の兵士にも、戦士にもあの国に関係のあるものは多い。何かと、目障りだ。
 この帝国は元々あの国の属国。王国が滅びるとき現れる、英雄の伝説を信じている人は多く、なかなか強行に手を出せない。王国を滅ぼした国は、緑色の衣をまとった英雄に滅ぼされる――馬鹿馬鹿しい。
「カリエ=ボルト王国を滅ぼしましょう」
 もう一押しだと、アリシアは囁く。やがて、観念したようにラムダは頷く。
「そう、良かった。あなたは今から『ラーミ・ソフィア・フェレス』と名乗りなさい。ニュート、プサイ」
 どこからともなく、小柄な二人が姿をあらわす。白い髪。にごった黒い瞳に濃い紫色の衣装を身にまとったプサイと、同じような顔立ちをし、真白な衣装を身にまとった背の低いニュート。
「あなた達はラーミについてあげて。この世界にまだ慣れていらっしゃらないでしょうから」


十一.ファミリア

 魔法はファミリア・ランブローにとって簡単なことだった。誰もが困惑する魔術式も、難解な魔術書もファミリアにとってはただのパズル、ただの本。生まれながらの資質、魔力の質、量が常人などはるかに及ばないものだ、と言われたのは誰からだったか。
 カリエ=ボルト王国にやってきたのは修行の一環だ。風であおられ、頭から落ちたフードを深く被りなおす。オレンジ色の、高い位置で一つにくくった髪。風にひらめく灰色のマントの下、濃緑色のワンピースが見える。
 今、ファミリアはカリエ=ボルト王国の端、見晴らしの良い崖の上に立っている。国の中央、城から黒煙が上がっている。トンと大地を蹴り、空へ舞い上がる。飛翔の魔法。この国は景勝地として栄えていたはずだ。こんな戦場になっているとは思わなかった。帝国側の一方的な破壊。街には人気がなく、廃墟のようだ。気味が悪い。
 太陽を背に、高く上る。城の一番高いところに人の姿を見つけ、降りる。豪奢な衣装を身に着けた男女。静かな顔で、国を眺めている。あまりに場違い様子に、ファミリアは首を傾げる。
「どうなっているんだ?」
 下降して声を掛ける。
「あんた達、何やってんだ?」
「帝国の方?」
 リアが微笑んで問いかける。メルクはいたわるようにリアを抱き、喧騒を見つめている。
「私はファミリア・ランブロー。魔法の修行中だ」
「それはご苦労様」
「これはどうなっているんだ? そこにいたら危なくないか?」
「あなたもお行きなさい。この国は終わるから」
 風にあおられ、ファミリアの灰色のマントがひるがえる。髪と同じオレンジ色の布地で縁取られた、濃緑色のワンピースが見える。
「――英雄」
 リアがつぶやき、目を伏せる。ファミリアには聞こえない距離だったけれど、大気を魔法で歪め、言葉を聞き取る。
「英雄って何だ?」
「私じゃなかったのね」
 残念そうにリアは言い、メルクに告げる。
「メル。そろそろ行きましょう」
「あぁ」
 二人は塔の中へと姿を消す。ファミリアは困惑顔で、姿を消して後を追う。大気系の魔法はほぼマスターしている。大気を歪めること、操ること、ファミリアには簡単なことだ。
 帝国の精鋭部隊なのだろう。訓練された兵士が的確な破壊と確実な殲滅を行っている。残った王国の人間は、老人が多い。慣れない武器を持ち、子供のような統制の取れない動きで敵を迎えている。庭が荒れるのを嫌ってか、派手な動きは無い。リアとメルクはマントを脱ぎ捨て、向っていく。二人、三人。まとめてかかってくる敵に、一人で立ち向かう。素手で相手をしとめていく。
「どうしました? 私の首は、ここですよ」
 リアの挑発に乗り、向ってきた兵士達をなぎ倒して行く。常人離れしたスピード、強さ。けれど相手は複数。疲れの出始めた二人は徐々に追い込まれていく。けれど、どこまでも楽しそうな顔をした二人に、ファミリアは手を貸すことができない。
 負けることがわかっているんだ。
 黒髪の女――ラムダの投げた小刀がリアの心臓に突き刺さる。崩れ落ちる。刀身に毒が塗られていたのだろう、リアは立ち上がれない。なんともあっけない終わり方。
「リアっ!!」
 メルクが駆け寄る。リアを抱きしめ、小刀を抜く。
「何を――」
 止める間は無かった。メルクはためらいなく、その小刀を自分の胸につき立てた。周囲の兵達がどよめく。兵達が、二人に触れようと伸ばした手をファミリアは魔法でなぎ払う。二人を連れて、先ほどまで立っていた崖の上に現れる。
 二人は虫の息。
「どうしてこんなことを?」
 メルクに尋ねる。刃物は抜いていないから、出血は少ない。
「僕は、リアが望んだから王をやっていた。リアがいなければ、王である意味は無いよ」
「私達は、契約したの」
 リアがつっかえながら言葉を続ける。手首を掲げ見せる。白い腕に、刺青のような跡――契約の印。契約の腕輪を使用したのだとファミリアは知る。共に生き、共に死ぬ契約。リアが死ねば、メルクは胸を突かなくても、どの道死んだのだ。
「私の我がまま……ごめんなさい……」
 言葉が続かない。瞳は光を失っていく。メルクはリアを見つめながら語る。
「王国が終わること、最後の王になることをリアは小さい頃には悟っていた。僕と結婚することはリアのたった一つの我がまま、いや、願いだった。彼女の支えになれるのならば、僕は道化の王でもかまわなかった。この王国はリアの全てで、リアは僕の全てだったから」
 王は幸福そうな顔で笑う。
「頼めるならば、僕らの首を帝国の手の届かないところへ埋めてくれ。ここなんか良いな。リアの好きな王国が見渡せる」
 静かに息を引き取る二人を見届けて、ファミリアは二人の遺体と共に城内に戻る。
 兵士達の目の前で二人の首を切り落とし、姿を消す。体は帝国にくれてやればいい。首は、最後の王の望み通りにしよう。


十二.エピローグ

 カリエ=ボルト王国は滅んだ。城下に残っていた人はほとんどおらず、城内に残っていた人も極わずかだった。帝国が侵攻してくることを知った王妃リアが、全ての国民に退避を命じての事だったが、それにしても、と誰もが首をかしげる。あっけなさ過ぎる、のではないかと。
 伝説の英雄は現れなかった。伝説を恐れていた人々も、異国出身のラーミが部隊長だったから、動いてくれた。普通なら突然現れ、重職についた女など受け入れられなかっただろうが、タイミングが良かった。
 王と王妃の死亡は確認された。だが、遺体には首がなかった。兵士達の目の前に突然現れた魔法使いが、二人の首を切り落とし、消えた――忠誠心の高いことで有名な精鋭部隊の兵士達が皆、同じ証言をした。あまりに荒唐無稽な話だが、信じるしかないだろうとアリシアは思う。
 魔法使いの中で一番の使い手といえば、魔王と呼ばれているオメガ。だが、彼女は八十歳を迎える高齢。ずいぶん前から荒野で隠居生活をおくっている。今更、でしゃばってきたりはしないだろう。自分の知らない、魔法の使い手がいるらしい。誰なのだろう。
 マリン姫の行方は知れない。大陸各地に散らばっている、王国出身の武術家のもとに身を寄せているのだろうが、誰も名乗り出ない。その口の堅さは、リアへの忠誠心にもみえる。
 アリシアは面白くないとつぶやく。けれど、と微笑む。目の前には横たわる黒髪の青年、カイ。ニュートとプサイが見つけ、連れ帰ってくれた。
「カイ」
 愛おしいものの名を呼ぶように、アリシアはつぶやく。あなたと、ルカがいれば、世界が手に入る。微笑みが自然にもれる。
「おかえりなさい、カイ」
 小箱から眼鏡を取り出し、カイに掛ける。
「似合わないわね」
 サングラスに似たその眼鏡は、大きくて、似合っていない。眼鏡についているボタンを押すと、カイが苦しげな声を漏らす。眼鏡を取ろうという風に顔に手をやるが、ピクリとも動かせない。眼鏡のツルの一部が皮膚下へ侵食している。アリシアに逆らえば、カイは苦痛にさらされるだろう。契約の腕輪に似た効果の道具。イプシロンに作らせたものだ。
「これで外れない。外れたら大変ですものね」
「魔法で操ることのできないカイを」
「操る道具?」
 ニュートとプサイが尋ねる。いつも、ニュートが先にしゃべり、プサイが続く。一つの台詞を二人で言う。最初は奇妙に思っていたアリシアだけれど、二人がいつもそんなしゃべり方をするから慣れてしまった。二人は常に一緒に動く。二人で、一人の人間であるかのように。
 イプシロンの作り上げた人造人間は、操る魔法が効きにくい。ラムダの身柄を確保しているから、こんな真似をしなくともカイは働いてくれるだろうが、万が一のこともある。
「これで動きやすくなるわ。カイを用意してた部屋にお連れして。あなた達はラーミの元に戻ってあげて」
 アリシアは何事も無かったかのように、再び椅子に腰掛けなおし、手元の本に視線を落とし、つぶやいた。
「ルカはどこに行ったのかしら?」

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『王国の終わり』をご覧いただきありがとうございました。

2009/03/13 確か、2001年のサイト開設時から、タイトルだけ表示してました。やっと書きました。
ファイルの更新日時が正しければ、2003/02/22に大筋書いてたテキストを引っ張り出し、だいぶ手を入れました。なんせ、文章が(設定も?)若くて見ていられなかった部分多かったので。この面倒くさい設定やら登場人物達の関係やらを考えたのは中高生のころ。若い。
最初のテキストだとカイが捕まって、ラムダが無理やり協力させられる設定でした。あまりに臭い台詞&行動が多くて驚いた。ラムダさんって、カイを好きじゃないけどどこかで頼ってる設定だと思ってたので。
ファミリアも出て来なかったので、私が驚いた。メルクとリアの最後に立ち会ったのはファミリアさんだと思ってたので。どこで勘違いしてたのかしら。書いてある通り、帝国というかアリシアにとどめをさすのはこの人。
イルクシも最初の設定だと貧乏貴族の息子で、性格は若さの無い穏やかな人でした。マリンとは優しい兄と妹みたいな関係。アンと接点なんてありませんでした。アン。死にキャラなのに、やたらキャラクター作り込まれてて可哀相なので、イルクシに絡んでもらいました。
あとは本編。。。

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