沙織は酷い二日酔いで目を覚ました。
今すぐ世界が終わって欲しい。
そう願ってやまないほど、気分が悪い。頭は痛むし、吐き気はするし、体はだるいし、喉は渇くし、目も回る。思考をまとめようとする努力さえ沸いてこない。
どこだここ。
見慣れぬ景色に違和感を覚えたが、自分のアパートの部屋の玄関だと気づき、胸をなでおろす。酔っていたとはいえ、ちゃんと帰って来れたらしい。服装は乱れているものの、自分で脱ぎかけたらしき乱れ方に一安心する。
重い体を引きずるようにして、ユニットバスへ向かう。寝汗でべたつく顔に水をかける。何度も水で顔を洗い、少し、スッキリした気分で鏡を見やる。
目をしばたかせる。
頭上に耳。猫の耳が生えている。
思わず大きな叫び声をあげかけ、沙織は声を飲み込む。ご近所迷惑はなはだしい。
猫耳をむんずとつかみ、引っ張れば、オモチャのカチューシャ。床に叩きつける。
いつからだ? いつ、こんなものをつけたんだ?
身に覚えはない。記憶もない。呑んだにしても酔いすぎだ。今の動作で気持ち悪くなり、トイレにしゃがみこみ、胃の奥深くから吐く。ほとんど液体。呑みすぎだと自分でも思う。
吐いても気分の悪さは取れない。そうとう呑んだのだろう。服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。自棄酒などするものではないなと反省する。
なんとか寝巻きに着替え、泥のような眠気に誘われるまま、ベッドへ倒れこむ。
目覚めれば携帯が鳴っていた。鳴り止む様子もないので携帯に出れば、河野の声。
「目、覚めたか?」
「……河野先輩?」
まだ眠くてたまらない。沙織は再びベッドへ寝転び、携帯を耳に当てる。
「お前、呑みすぎだ。酷い声」
「……大きな声しないでください。頭痛い」
携帯を耳から離す。河野が何か言っているが、聞き取れない。声が止んだところで、携帯を耳に当てる。
「それで、何か用事ですか?」
「聞いてなかったのかよ。何か差し入れしてやろうかって言ってるんだ」
「差し入れ?」
「二日酔いだろ、お前」
「……そうですけど……」
答える沙織の歯切れは悪い。どうして河野がそこまでしてくれるのか、沙織はわからない。昨日、明海と河野と呑んではいたことは覚えている。けれど、その後……その後どうしただろう。
「先輩、私の家、知らないでしょ?」
教えた覚えはない。河野は電話の向こうで笑う。
「誰が昨日、お前を部屋まで送ったと思ってるんだ。それに、お前の部屋のキーも預ってる」
織は一気に目が覚めた。起き上がり、怒鳴る。
「何で!? 何で、そんな――」
「だから、酔ったお前を部屋まで送ったのは俺だって。で、部屋に鍵掛けなきゃ物騒だから、キーを借りた。メールしといただろ?」
「見てない!」
「じゃ、今伝えた。で? 何か持っていこうか?」
「何かって?」
「……警戒するな。俺は何もしない。する気があったらして帰ってる」
その通りだと沙織は頭を抱え、ベッドへ突っ伏す。何かされた覚えはない。河野が言うとおり、何もされていないのだろう。
「………………そうですね」
答えたものの頭に引っかかること――
「猫耳!」
「ああ。あれ、可愛かったな」
からかい声。
何もしていないなんて事、ないじゃないかと沙織は身悶える。いつからあれを自分は身につけていたのだろう。まさか、あれをつけて町を歩いていたのだろうか。酔いのせいで記憶はない。記憶がないから恥ずかしい。
沙織はあれ、と何度も連呼し、
「あれ、何なんですっ!?」
きつい口調で尋ねる。
「何って、おもちゃだろ?」
答える河野の声はのんびりしている。
「いつの間にあんなものっ」
「さあ」
河野の答えに、沙織はますます顔を赤くする。早くから身につけていたのだろうか。カラオケに行ったことは覚えている。あれの前から? それとも後だろうか。あの後も結構飲んだ覚えがある。
「河野のバカ」
叫んで電話を切った。
バカって何だよ。
思いながらも河野は沙織への見舞いの品を準備し、沙織の部屋へ向かう。
沙織がカチューシャを用意したのは河野だと勘違いしている事に気づくのはもう少ししてからのこと。
終
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2012/01/31
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