愛してる。そう言われて私は相手の頬を張り飛ばす。

 愛してる。そう言われて私は相手の頬を張り飛ばす。
 冗談でも言っていいことと悪いことがある。というか、TPOを考えろ。
「いってぇ」
 呻く手塚の胸倉をつかみ、収まらない怒りのまま、鳥肌の立つ腕でもう一回。赤くなってない方の頬にもう一回。計三回。これで私の気持ちは十分伝わったはずだ。
「照れるなよ」
 伝わってなかった。
 宇宙人め。お前とのコミュニケーション方法を理解するためのマニュアルをまずはよこせ。
「激しいねえ、御両人」
 手塚の唯一の理解者というか、コンタクトが取れる篠崎はのほほんと背中に掲げ、メロンソーダをつついている。
「あの、お客様――」
 あれだけ派手な音がすれば、誰もが気づく。問題を起こすな、とばかりの店長名札の人物に手塚はしれっと、
「大丈夫です。これ、いつものことなんで」
 赤く手形を浮かせた男にそう言われ、店長は注意をしそこなう。
「……とりあえず喧嘩は困ります」
「喧嘩じゃないですよ。追加オーダーいいですか」
 場違いな雰囲気の篠崎に言われ、職業病からかポケットに収納されていた端末を取り出す。
 唯一、ピリピリとした雰囲気の笠巻は黙々と目の前のドリアを攻略しようとスプーンでやたらかき混ぜ、小さくスプーンにすくって口に運ぶ。猫舌なのだろう。
 店長が席を離れたところで、篠崎は笠巻に向き直り、
「で、オッケーなの?」
「何が?」
 刺々しい笠巻の言葉を気にした様子なく、
「そりゃ手塚のプロポーズ」
「何でつき合ってもいない相手から突然プロポーズされて私が受けなきゃいけないのよ」
「普通に考えてみてよ、笠巻ちゃん」
「普通に」
 ハン。
 普通に考えてプロポーズするタイミングじゃないだろう。思い出したらまた怒りが込み上げてきた。もう一回叩こう。
 パチンと良い音が店内に響きわたる。
「問題ないですよ〜」
 一応、とばかり、叩かれた手塚がフォローの声を上げる。
「大学の、授業の、講義中に。つき合ってもいない人間に、突然、何の前触れもなく、公開プロポーズされて喜ぶ馬鹿がどこにいるってのよ」
 一語一語噛みしめるように、言い含めるように言う。
 大きな問題はそこだ。誰もが知っているけれど、誰もが理解していない事実。
 友人というより、私たちはただの知り合いだろう。なのに、なぜ、プロポーズ。
 戸惑いというより、混乱に陥った笠巻に覆いかぶさるように周囲からの祝福の声。
 良く分からないままに、導かれるように手を取ってしまった事実。
「よく考えてみて」
 手塚は言う。
「結婚はただの一つの区切りだ。君とつきあうための可能性の一つだ」
「意味が分からない」
「結婚は重大事項じゃない。便利な手段の一つだ」
「意味が分からない」
「結婚は単なる手段。目的じゃない」
「意味が分からない」
「笠巻ちゃんの将来の夢は?」
「……それ、今、聞くこと?」
「ハッピーエンドは結婚じゃなく、その向こう側にある。最終的にその結末に辿り着くことが出来るなら、遅いより早い方がいい」
「……私と将来的に結婚したい、と思ったってこと?」
「会って3秒でね」
 横から篠崎の声。
 考えるだけ無駄なのかもしれない。手塚と話していると頭の混乱が止まらない。
「将来的に結婚するなら、今してもいいんじゃないかってこと?」
「そういうこと」
「私、結婚するなんて言ってないし、あんたとつきあう気もないんだけど」
「それを一年後も、五年後も、十年後も繰り返す労力を考えれば、今ここで了解した方が早いと思うよ」
「手塚はしつこいよ〜」
 運ばれてきたチョコパフェを突きつつ、篠崎は言う。

ご覧いただきありがとうございました。〔2020/05/26〕

お題配布元:リライトさま:組込課題・文頭

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