08:不思議な夜

 昼休憩。コンビニで買ってきた弁当を食べながら、同僚がふと思い出した様子で、
「そういや昨日、不思議なことがあってさ」
「なんだよ」
「ほら、ハロウィンって今月の末だろ」
 そう言われれば、そうだ。
 ハロウィンが一般化し始めたのはここ数年のこと。子どもの頃にはそんな単語さえ聞いたことがなかった。お菓子がもらえるなんて話、子どもが聞いて忘れるわけがない。
 黒とオレンジと紫と。魔女にお化けにドラキュラに。店先や家々に飾り付けられ出したのはいつからだろう。
 ハロウィンって元は西洋の収穫祭のはずだ。日本の田舎でやるならともかく、なんで都会の若者中心に盛り上がってるのか意味がわからない。
「昨日の夜、晴れてる予報だったのに薄暗かっただろ」
「昨日の夜」
 声に出して繰り返してみるが、わからない。
 仕事から帰ったら食事してお風呂入って、趣味に没頭する時間があれば楽しい日常だ。外に出るなんて、お使いくらいしかない。
「俺、趣味が天体観測なんだよ」
「意外にロマンチストだな」
「いや、小さいころにサンタにもらった天体望遠鏡がきっかけでハマっちゃって」
「金のあるサンタだな」
「本当は父親が欲しかったのを俺にプレゼントの体で買ったらしんだ。かなり良いやつ。俺がいらなきゃ、仕方ないから自分で使う算段で」
「知能犯のサンタだな」
「ま、それはいいんだけど。昨日、雲の隙間が少しあったんだ。だから、久々に望遠鏡のぞきこんだらさ、おかしいんだ」
「おかしい……?」
 僕はその言葉に反応する。まだ星空は綺麗なはずだ。先日、姉がはたきを手に、屋根裏に上っていくのを見かけている。
「なんていうか、メルヘンチックなピンクとか水色とか黄緑とか、縁取りのある角の丸い星型ってあるだろ」
「女の子のおもちゃで良くみる?」
「そうそう。それそれ。星がさ、そういうふうに見えるんだよ」
 僕はどこかでそれを見た覚えがある。それは台所のテーブルの上にあったシールじゃなかっただろうか。姉がハロウィンの飾りつけにと買ってきたグッズの中で余ったもの。
「それは……疲れてるんじゃないか」
 出てきた言葉はありふれたものだったが、同僚も頭を掻きつつ、
「だよな……今日は早めに寝るよ」

「ただいま」
 帰宅してすぐ、家にいるはずの姉を探す。どこにも姿が見えない。まさかと、二階へ上がると、よいしょと姉は屋根裏から降りてきた。
「おかえり。どうしたの?」
 僕は屋根裏に急ぐ。
 そこにあったのはシールを貼られた星。そして飾り付けられたハロウィングッズ。
「なんで夜空に飾り付けしてんだよ。誰かに見られたらどうするんだ?」
「あら、大丈夫よ。ハロウィンなんだから」
 何を根拠にそんなことを言うのか。
「ハロウィンって、ようはお化けのお祭りよ」
「いいわけないだろ」
 僕は手近にさがっていたガーランドを引っ張る
「それに、これに気づく人がどれほどいると思う? 現代人は星空なんて見上げないわよ」
 姉はニッコリ笑って言う。
 それに気づいた人から指摘されたというのに。
「とにかく、夜空に妙なことをしないでくれ」
 僕は注意深くシールをはがし、飾りつけを回収する。
「ハロウィンするのはいいけど、ここに飾り付けは禁止だからね」

 それから数日後。
 この町に奇妙な噂が流れていることを弟の口から聞かされた。なんでも、夜空に巨大な蝙蝠やカボチャ、魔女の姿を見た人がいるらしい。
 僕は姉に視線を向ける。姉はしれっと微笑んで、
「ハロウィンって流行ってるのね」

ご覧いただきありがとうございました。〔2020/05/25〕

お題配布元:エソラゴト。さま →ハロウィンで10題

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