むかし昔。この物語はガニメデの女王様がマフェルの宝玉を分割されるよりもずっと昔のこと――。
宇宙の反対、銀河系の真向かいに位置するリーラズル系のモリア系第五惑星セレスティンは暖かいピンク色の惑星でした。空はピンクローズ、海はエメラルドグリーン、島々はミルキーホワイト。花々は金や銀で出来、宝石の実をならす植物が生えたとても美しい惑星で、一人の女王様が治めていらっしゃいました。
そうそう、この女王様はこの物語でとても重要なお方です。お名前はミシェル・エスラ・デ・セレスティン。ちょっと長いお名前なので、私はミシェルとお呼びしますね。ハチミツ色のふわりとした髪に、真紅のバラと同じ色の大きな瞳。ひょろっと背の高いけれど、美しい十三歳の少女でした。その日、新たに女王の椅子につこうとされていました。
その惑星の夜が明け、空がうっすらピンク色に染まりかけた頃、ミシェルのそばに夜中控えていたばあやがそっと名を呼びました。
「セレスティン様」
薄いベールが幾重にも重ねられた天蓋ベットに横になっていたミシェルは薄っすらまぶたを開け、小さくため息をつきました。誰にも聞き取れないような小さな小さなものでしたが、ばあやはそれを聞き取り、ミシェルの暗雲を払いのけるような楽しげな声色で、
「おはようございます、セレスティン様。今日も美しい朝でございますよ」
そう言いながら、天蓋を覆っていたカーテンを開けました。
「まだ私はセレスティンと呼ばれる資格を有してはおらぬ」
ミシェルは起き上がるのを手伝ってもらいながら、ばあやに言い聞かせます。この惑星では女王はセレスティンと呼ばれます。ミシェルは今日の昼には女王の椅子につくことになっていましたが、儀式はまだ行われていません。
「良いではありませんか」
ばあやはとても誇らしげな顔で答えます。
「現セレスティン様は十歳にもならないうちに女王におなりあそばされたのですよ?」
「陛下は才気ある立派なお方じゃ」
「けれど、」
ばあやは声を押し殺し、眉をひそめます。
「今回はあまりに早すぎます」
ばあやが危惧するのも無理はありません。現セレスティン女王は十歳で女王になり、十七歳で女王の座を退かれるのです。女王の寿命は非常に短く、二十歳で崩御される方も珍しくありません。けれど、それでも現セレスティン陛下は女王の座を退くのが早すぎます。
「ばあや」
とがめるようにミシェルは声をあげます。
「私は陛下を敬愛しておる。今後、そのような話は聞きたくない」
「申し訳ありません、お嬢様」
ばあやはようやくいつも通りの呼び名でミシェルを呼び、衣装係を部屋に招きいれる為、ベットから離れました。
ミシェルは大きな窓から見える色とりどりの花を愛でながら、幸福そうに笑みを漏らしました。
衣装係の従者達は手慣れた様子でミシェルを飾り立てていきます。彼女は瞳と同じ色のドレスを身にまとい、髪にはルビーの実をつけた小枝を飾り、複雑に結い上げられました。
「お嬢様、ばあやは嬉しゅうございます。本当にお美しゅうご成長あそばされました」
感慨深げにつぶやくばあやにミシェルは困ったような笑みを浮かべ、
「世辞は結構」
「ばあやの本心でございます」
「そうか。陛下にお目にかかるのは久々じゃ」
「たいそうお忙しい方であられますから」
「……そうじゃな」
ミシェルは興味なさそうに呟きました。彼女は陛下に直接お会いされたことは実際、ほとんどありませんでしたから。
セレスティン星は起伏がほとんど無い惑星でしたので、世界で一番高い場所といっても丘ほどの高さでしたが、そこには色とりどりの水晶で出来た花が咲き乱れ、紫水晶でできた美しい東屋がありました。
ミシェルは東屋の前で立ち止まり、朗々と声を響かせます。
「ミシェル・エスラ・デ・セレスティン、ただいま参じました」
東屋、と言ってもこの惑星の女王の城。東屋と表現するのもはばかわれるほど大きく、壁もあり、中で一人座している女王の顔を拝見することは誰にも出来ません。
ミシェルはくるりと反転し、周囲を取り巻いている人々の顔を見回しました。期待と歓喜に満ちた顔ばかりです。
「世話になった」
そばに控えていたばあやにミシェルは目をやることなく、小さな声で別れの言葉をかけました。
「次代のセレスティンを頼む」
「心得ております」
ばあやも顔をあげもせず、小さな声でうなづきます。
東屋に足を踏み入れたミシェルは軽いめまいに足を止めかけたものの、キッと前を睨みつけ、女王の座まで確実な足取りで歩きます。
周囲の人々からは紫色をした霧の中に彼女が足を踏み入れたようにしか見えません。やがて、彼女の気配さえうかがえなくなった時、ふいに一陣の風が吹き、宝石をつけた植物達が揺れてシャラシャラと涼やかな音をあたりに響かせました。
ばあやは不安そうに東屋を見やり、静かに首を振ると次代のセレスティンが眠る城へと引き上げてゆきました。
「止まれ!」
男の声に、ミシェルは顔をしかめました。
「何者!?」
「うるせえっ!」
座した女王の背後から、女王の頭に光線銃を突きけた行う男が姿をあらわしました。
「そなたは?」
ミシェルは落ち着き払った声色で尋ねました。
「俺はザイル。売り出し中の宇宙海賊ってやつだ」
二十歳過ぎと思われる若い男は白いドクロマークの縫い取られた服に黒いマントと、如何にもな格好です。
「宇宙海賊?」
ミシェルは眉をひそめます。
この惑星に立ち入るには中央政府からの発行されることなど無いに近い許可証が必要ですし、惑星上空には幾重にも中央政府の護衛艦が取り巻いているはずです。
「どうやってこの惑星に?」
「説明してやる義理はねぇ」
男は吐き捨てます。ミシェルは息をつき、歩を進めます。
「止まれ、撃つぞ」
「構わぬ」
「脅しじゃねぇ」
ミシェルはすたすた歩き、玉座の前までやってきました。そこで、ようやく男は事態の異常さに気づきました。
「お前……女王?」
「そうじゃ」
「――こいつは」
玉座に座しているのは目の前の少女と同じ顔をした娘です。眠そうに、目を開けていようと必死な様子で。
「それも我じゃ」
「クローンか?」
「違う。もうすぐ消える――」
ミシェルは数を数えます。
「三、二、一……さて」
玉座の少女は姿を消し、ミシェルは男には何の注意も払わず、当たり前のように玉座に座りました。
「長居をせぬほうが良いぞ。この惑星から抜けられなくなる」
「何を言ってやがる」
「先ほどの問いに答えぬか。どうやってこの惑星にもぐりこんだ? 上空にはリーラズル系中央政府から派遣された
「俺の問いが先だ。お前はクローンか?」
「違う。私は一人だけじゃ」
「じゃ、さっきのは?」
「あれも私じゃ」
「嘘を言うな」
銃を構えなおし、ミシェルの頭を狙います。
「ま、俺にはどうでもいい。この星で一番でかい宝石だって言うセレスティンを出せ」
「……勘違いしておるな」
ミシェルは深深とため息をつき、首を振りました。
「セレスティンとは私のことだ」
「お前が宝石?」
「頭を使え。ここは宝石ばかりの惑星じゃぞ? 宝石でないものが宝石と言われるのは当然のことじゃろうが」
「……は?」
ザイルはその言葉の意味を理解できず、銃をミシェルの頭に突きつけたまま、尋ね返しました。
「この惑星で唯一の生身の生命体である私こそがこの惑星では宝石なのじゃ」
セレスティンは宝石の星。いたるところ、小石や砂粒のように宝石が溢れていれば、その星の住人はそれを宝石だと珍重することなどありません。
「他に人間がいただろう?」
「あれはアンドロイドじゃ」
ミシェルはザイルに長い長い物語を語りました。
リーラズル系中央政府お抱えの天文学者がモリア系を発見し、宇宙飛行士がセレスティン惑星を発見した話。
セレスティンの有益さよりも、そのあまりに莫大な宝石の量に経済の混乱を招きかねないとして手をつけようとはしませんでした。その判断が別の事由から正しかったことが証明されたされたのはずいぶん後になってから。
土日に書こうと計画してましたが、見事頓挫。いえ、30分くらいはテキスト開いて睨んだりする時間はあったんですが…ってよくよく考えれば土日は眼鏡小説書いてました。
何とか物語風に仕上げようと悪戦苦闘。最初に考えてたネタがずいぶん消えましたがいつものこと。名前が違ったり、しゃべり方が違ったりもいつものことです。