ホラー系なので、欝とか苦手な人は読まない方が良いです。
それは始まり
世界が終わる。そんな夢を私が見始めたのはいつからだったか。一度目はリアルな夢だと思った。二度目は気持ち悪さを覚え、三度目は不安になった。十回も越えた頃、私は信頼できる友人に相談した。その友が紹介してくれたのが不思議な力を持つ少女だった。
教団は辺鄙な山奥に神殿を構えていた。日に一度、教祖である少女自ら、信者の前で祈祷する以外、宗教らしい活動はしていないと聞かされ、意外に思ったことを覚えている。
私が初めてその地を訪れた時、少女は境内に集った信者を前に祈祷していた。様々な年齢の男女がいた。山奥だというのに、これほど人が集まっているとは思わなかった。祈祷を行なう少女には、長年行なってきていたかのような、貫禄があった。信者の目は彼女をただの少女だとは見ていなかった。
その時、少女は八つだった。だが、彼女はすでに年齢に似合わぬ、神聖さをまとっていた。自然、頭をたれ、言葉遣いを改めたことを覚えている。
「あなたもですか」
彼女の、赤い紅の塗られた唇から発せられた言葉。
「私も同じ夢を見ています」
少女の台詞に私は嬉しくなった。
怖い方だから気をつけろ、友人に言われた言葉が理解できなかった。私は落ち着いた少女だとしか思わなかった。むしろ、彼女に好意を覚えた。
私達は同じ夢を共有するものとして、何度も話しあった。彼女の夢と私の夢は細部が異なっている事もあり、全く同じ場面もあった。何度も語り合い、夢の真実を探ろうとした。
少女のもとを訪れるたび、信者の数は増えていった。少女の祈祷の回数も増えていた。
「お疲れではないですか?」
私の問いかけに少女はくすりと笑う。
「最近は、私のかわりに妹が祈祷を行なうことも増えているのです」
「妹さん?」
「ええ。人々の不安は増すばかり……以前のように、心を慰める事は難しくなっています。何度祈祷を繰り返しても、人々は不安にさいなまれている。あの夢の実現が近いのかもしれません」
「あれは夢ではない……と?」
あの恐ろしい夢が現実になると言うのだろうか。少女と語らうこの時間は楽しく、少女と夢を共有できていることに私は喜びさえ感じていた。私にとってあの夢は、そのための道具のように思えてきていた頃だった。
「人々は夢に見ずとも感じているのでしょう」
語る少女に表情はない。私の顔を映した瞳は、どこを見ているのだろう。
「あなたは恐ろしくないのですか?」
私の問いかけに、少女は私の顔を見つめ、笑みを浮かべる。少女の若さと、老女の老齢さを兼ね備えた笑み。
「誰しも、始まりは不安なものです」
「始まり……?」
「例えば、お祭りが終わるとき、寂しくはあっても誰も怖がりはしないでしょう?」
私は理解した。少女と私は夢を共有していると思っていたが、立ち位置は違っていた。私が夢を怖がり、その夢を分析している間に少女はその夢を受け入れたようだった。
「世界が終わるのですよ」
私は目の前が暗くなるのを感じていた。人々は誰に助けを求めれば良いのだろう。
「いいえ、始まるのです」
世界は生まれ変わるのだと、少女は繰り返す。あの夢が実現するのだとすれば、世界はどれほどの不幸に見舞われるだろう。あの夢に見た出来事が起こると知っていて、私は受け入れる事などできない。
私は、目の前の少女が怖いと思った。
2011/07/20 ずいぶん昔に見た夢。いつ頃見た夢なのかは不明。メモが出てきたので、文章にしてみた。
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