さがしものは…みつかりにくい…

 二十時も過ぎた頃。私たち家族は、車一台にぎゅうぎゅうに乗り込んである場所に向かっていた。
 窓の外、道路の両端に植えられた街路樹の柳が、不気味に揺れている。まるでホラー映画かサスペンスドラマのようだと思いながら、私はそれを眺めている。車内に溢れているのは緊迫感。けれど、私にはそれがかけらもない。祖父が死んだなんて、私にはどうしても現実のことだなんて思えなくて。
 崖の上に立つ、お城のような建物。ドラキュラかフランケンシュタインのお城っぽいといえば、簡単にご想像いただけると思う。はてさて。なんで、こんな場所にいるんだろ。私はゴシックホラー系の城を見上げる。うん、実によくできてる。まるで本物のよう。くもの巣、壁のひび割れ具合まで実にいい。実に実にホラーっぽい。
「何やってんの、早くこっち」
 建物に見入っていた私は、家族に無理やり手をとられ、ある部屋に連れて行かれる。内部も非常に手の凝ったつくりで、壁や天井や、装飾品に目を取られていた私は、どこをどう歩いたのかなんて記憶はない。ま、これはいつものことなんだけれど。

 霊安室。照明を落とした、薄暗い部屋に満ちているのは重い空気。すすり泣きがあちこちから聞こえ、きれいに身を現れた祖父が白装束で眠っている。声を上げ、愚痴りながら、遺体にすがりついて泣いているのは祖母。
 ほんとに死んだんだなぁと思うものの、周囲ほど、私に悲しみはない。なぜなら、私の左、一メートルほど向こうにいるのは祖父。目の前に寝てるのと同じ格好をした祖父がいるから。
 じーっと。穴が開くんじゃないかってほど見てたら、やっと気づいてくれた。
「見えるのか?」
 首だけでうなづく。ここで言葉をしゃべれば確実に浮く。ただでさえ変な子だって思われてるのに、大幅レベルアップなんてしたくない。
 ついてきて欲しいという思いを視線に込めて、部屋を出る。家族に行き先を尋ねられれば「トイレ」だと答えた。私はいたって普通。平々凡々な人間だ。

「で、おじいちゃん。何してんの?」
 部屋を出て、廊下の角を一つ曲がったところで尋ねた。周囲に人の気配がないことを確認して。
 私には、祖父は肉体があるかのようにはっきり見える。顔は多少青白いけれど。
「お前、ワシが見えるのか」
「うん。ハッキリと」
 ほんと、こんなにハッキリ見えちゃ、幽霊だなんて思えない。けれど、さっき死体を見たのだから、私の目にたたずんでいるのは幽霊に違いない。家族達が人形相手に悲しんでる、なんてお芝居じみた真似してるとは思えないし。
 ここ数年からすれば祖父はずいぶん元気そうだ。不自然な言葉だけれど、死んで生前の病気や、それにともなう体の不調から開放されたからだろう。未練を残すような、悪い死に方じゃなかったのだろうと思う。
「お前、霊感持ちだったのか」
「みたいね。私も今、知ったとこ」
 私の言葉に、幽霊の祖父が妙な顔をする。だって、本当のことだもん。私に霊感があるだなんて、まったく知らなかったのよ。
 でも、ちょっと待って。もしかして、こんなにはっきり幽霊が見えてるようじゃ、私、いままで街中ですれ違った人の中にもたくさん幽霊がいたのかもしれない。私がまったく気づかなかっただけで。
「まぁ……いいが」
 ウチの家族、その台詞よく使うのよね。私と話してるとき、特に。
「実は、探して欲しいものがあるんじゃ」
 そういえば、霊安室でも泣いている祖母を心配そうに見つつも、そわそわあたりを見ていたことを思い出す。
「何を?」
「日記帳じゃ」
 そういえば、日課にしていたっけ。寝たきりになってからも、ミミズがのた打ち回っているような字で書き付けている姿を見た覚えがある。
 あれ? でも、ここに来てからその日記帳に良く似たものを見た覚えが――記憶の片隅から記憶を掘り起こす。玄関ロビーで、どう見たって日記帳にしか見えない本を読んでる男がいた。ここの従業員っぽい黒いスーツ着てる癖にソファに座りこんで本を広げてたのが妙に印象的だった。
 それに、本がどう見たって擦り切れかけた表紙で。ちらりと見えた中が薄汚れた手書きの紙だったんで、この建物の雰囲気から魔術書だろうかと思っていたのだ。
「玄関どこ?」
「――こっちじゃ」
 祖父について、正面入り口に向かう。城のようだって私の表現、間違ってない。廊下やら階段が迷路のように入り組んでいて、絶対一人じゃ歩けない。すでに今、どこを歩いてるのかわからないもん。いや、私が根っからの方向音痴だからでもあるんだけれど。

 玄関ロビーにまだあの男はいた。
「すいません」
 声を掛け、こちらを振り向いた顔には見覚えがあった。
「あれ? 姉さん」
「あれじゃないわよ」
 仕事先の元後輩ちゃん。元気いっぱいやる気満々って顔で入って来たくせに、一ヶ月後に突然辞めちゃった子。辞めた理由が理由だったので、職場でいまだに語り継がれている子。私、自慢じゃないが、人の顔を覚えるのはめっちゃ苦手。でも、事が事だっただけに、私でさえ覚えている顔なのよね。
「さっき読んでた日記は?」
 知り合いだったってことがわかり、私は砕けた口調で話しかける。こいつだってわかってりゃ、最初から改まった口調で話したりなんてしなかったのに。
 元後輩ちゃんはしばらく考えた後、
「日記? あぁ、あの読めない字の?」
 確かに、老人の書いた筆記体って、読み慣れないと解読しにくい。元後輩ちゃんが開いている雑誌はまた別のもの。
「どこにおいたの?」
「その辺」
 雑誌やら本がごちゃごちゃ詰まれた一角を指差す。
「あんた、仕事してるのよね? ここで」
「してるよ」
 どこら辺が?
「出して」
 元後輩ちゃんはじーっと雑誌の山を眺め、
「ないなぁ」
 雑誌に再び目を落とす。
「誰か片付けたっぽいね」
 誰かって誰よ。っていうか、何であんた働いてなくて怒られないわけ? 休憩中なのかもしれないけど、客の目のある場所で制服着てて、その態度ってありえないでしょうが。
 いけない、いけない。すでにコイツの先輩じゃないんだから、無駄にイラつく事ないんだわ。元後輩ちゃんが開いている雑誌の上に手を置いて、顔を覗き込む。
「探して」
 凶悪な目付きで言ってやる。私の目つき、非常に悪いことは心得ているんだ。それに、元後輩ちゃんとすでに縁が切れている以上、優しい先輩面する必要ないのよ。
「……めんどくさいなぁ」
 と、ふてくされ顔ながらも立ち上がり、廊下を歩き出す。若干表情が硬いし、態度も改まっている。
「検討つくの?」
「たぶん、倉庫――だと思う」

 連いて行った場所は、ずいぶん奥だって事だけはわかる。あっちを曲がり、こっちを曲がり、階段を降り、階段を上がりしたので、とてもじゃないが私には覚えられなかったのだ。
 倉庫というにはあまりにごちゃごちゃしすぎていて、片付いてない物置って感じ。棚卸でもしているのだろうか。なんか、やたら人が多い。
「すいません、さっき日記帳のようなもの、持ち込まれませんでしたか?」
 誰にでもいいやと、大きな声で問いかける。けれど、完全無視。仕事に熱中してて聞こえてないのだろうか。
 元後輩ちゃんをそこに残し、ちょっと離れて後ろについてきてた祖父に小さな声で尋ねる。
「どんな日記帳だっけ? 探すの手伝ってもらいましょ」
 祖父はずっと一緒にいたんだけれど、私が半分無視していたのだ。元後輩ちゃんの前――霊感の無い人間の前で、幽霊である祖父に話しかけたりすれば、私が空間に向かって話しかけているようにしか見えないだろうから。
「あの、姉さん?」
 戸惑い気味で声をかけてくる元後輩ちゃん。
「何」
「誰かいるんですか?」
「誰って……」
 祖父には小さい声で話しかけたのに聞こえたんだろうか。話をはぐらかそうと――
「棚卸、大変よね」
 部屋の中を指差す。ギクリって顔で、いっせいに振り向く人々。あらら、これってもしかして地雷?
 感激顔で私の前に集まる人々。もとい、幽霊さん方。
「ラ、ラップ音が! ポルターガイストが!」
 元後輩君が戦々恐々している。へー、見えない人にはそういう状況なんだ。私には輪郭ハッキリ見えてるから、みんながいっせいに、慌てて移動したようにしかみえないのだけれど。――途中、棚にぶつかって書類を落としたり、バタバタと靴音響かせたりしつつ。
 一般的な幽霊の、あの半分透けたような感じだったり、おどろおどろしい感じであれば、もうちょっと怖かったのかもしれない。けれど、私には生きてる人と同じようにしか見えてないから、普通に話しかける。
「私、祖父の日記帳さがしてるんです。見かけませんでしたか?」
「探して!」
 幽霊の皆様方の声を合わせた絶叫。私の台詞は無視ですか。元後輩ちゃんは青ざめた顔で、
「い、今。なんか声がっ どこからか声がっ!」
 気絶する一歩手前の様相。うーん、困った。
「探してって……えっと、もしかして、ここにいる方みなさん、未練があって成仏できてない方々ってこと?」
 うんうんと一同にうなづかれる。なぁんか、私。面倒くさいことに巻き込まれかけてない?

 それから数日。私たちは幽霊さん方の未練の品々を探させていただいた。元後輩ちゃんに物置の整理整頓やら肉体労働を頼み、私は指揮をとっていただけだけれど。
 でも、元後輩ちゃんはここで仕事しているわけだし、物置も片付くし、元後輩ちゃんの会社的にはなんら問題ないわけで。ただし、私は完全なるボランティアもしくは暇つぶしでしかないわけだけれど。
 最後の一品も探し出し、祖父の日記帳も見つかった。日記の内容はごくごく平凡な日常が書き綴られていただけで、なんでこんなものに未練があったのか私にはわからない。祖母に渡してくれって頼まれたから、そうしなきゃだけれど。
 良かった良かったと背伸びしたところで、後ろに視線を感じた。振り向いてみれば、数人の男女。
「何か?」
「あなたがとても親切な方だとお聞きしたので――」

2007/08/03 久々、夢の中に私っぽい人が出てきてました。100%私じゃなくて、似たような人ね。私、方向音痴だけれど、ここまで酷くないし、霊感無いし。他に出てきてた人も、身近な人が多くて。もちろん、知らない人もいたけれど。
ちなみに祖父は本当に亡くなってます。たぶん、始めの方は現実の記憶を元にしているんだろうなぁと思いつつ。

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