違う、私じゃない。
雪が降りしきっている。五センチほど、すでに積もってはいるがまだ降り止むことは無い。
午前十時。陽は雲間から弱々しげな光を投げかけている。雪の欠片はひらひらとまい踊りながら、光を放つ。
ダイヤモンドダスト――綺麗。
私は真っ黒なコート。返り血を浴びても目立つことは無いが、匂いは消せない。コートの裾から、ぽたり、雪を赤く染めているのは私の血ではない。
「アハハハハ……」
後ろを振り向き、安堵の笑い声を上げる。誰も追ってこない。今回はいつも以上にヤバイ仕事だった。死をこれほど身近に感じたのも初めてだったかもしれない。けれど私は生きている。殺されることも無く、私刑にされることも無く。
ゼイ、ゼイと吐き出す息は荒く、冷たい空中に白い塊を生み出す。裸足の両足からはすでに感覚も無い。先ほどまで感じていた、突き刺すような痛みに似た冷たささえ感じなくなっている。
もう一度後ろを振り向く。雪をまとった街が見えるだけ。
とにかく、と私は足を進める。前に進まなければならない。この小高い丘を越えれば、札幌に似た、異国風の街が見える。そこまで行けば……。
感覚の無い足を規則的に動かす。前からは数人の外国人たち。一人、どこかで見たことのある顔があった。テレビ、だっただろうか。
がやがやとうるさく、彼らは去ってゆく。私は息をするのも辛いが、それでも足を動かす。
生きるのだ。生き延びるのだ。
+
街にたどり着き、ほっと一安心。とりあえず、靴を買わなければとショッピングセンターに入る。
「やぁ」
見知らぬ男に声を掛けられる。見たことも無い男だったが、頭の隅に何かが引っかかる。
「お前は誰だ?」
「や、忘れちゃってるの?」
妙に親しげなものの言い方。不快だ。
「珈琲でもどう? 奢ってあげるから」
「いらん」
通り過ぎようとしたが、強い力で引っ張られる。
「そんな真っ青な顔してるのに……大丈夫? 寒いんでしょ? 珈琲でも飲んで温まったほうが良いよ」
男が背を向け歩き出す。私の足は、意思とは関係なく後ろをついて歩き出す。どうして?
「ほら、これを見て」
珈琲が運ばれてくると、男は懐から数枚の写真を取り出された。男の顔には柔和な笑み、不快だ。壊してやりたい。衝動が湧き上がるが、押さえ込み言われた通り数枚の写真を見る。
「……これは……」
そこに写っているのは私、だ。
「ちょっと、写さないでよ」
小豆色の体操着で顔を半分隠す。ふざけた友人が楽しそうに肩を組み、ピースサイン。
目元だけでもわかる、はにかんだ笑み。
違う、私じゃない。
頭の中をよぎる、写真を写した時のものと思われる記憶。
違う、私じゃない。
私にそんな過去などありはしない。私は作り出されたのだ。人間じゃない。命令どおり今まで動いてきたのだ。そんな過去などありはしない。
違う、私じゃない。
写真をめくるたびに再生する記憶。
幸福な青春時代。
違う、私じゃない。私は、私は――。
2004年05月4日 ゴールデンウィークに見た夢。『私』は私のことじゃないってのはいつもどおり。
雪だから札幌なんて言葉が出てきたのかなぁ? 『私』は何してる人なんだろう? 20代前半くらいの娘さんでしたが。