明日は昨日と変わらない。
深海。
日が高く天へ上ると、私の元にも弱弱しい明かりがもたらされる。
冷たく、重苦しい水の底。
私がいつからここにいるのか…考えてみても思い出せない。
あの日、仲間たちとの旅の果て、私は海へと投げ出された。手足は壊れてしまったらしく、ちっとも動きはしない。沈んだ当初はもっと光の届く場所にいたのだが、ずいぶん流され、今では一日のほとんどが暗黒、静寂の世界にいる。
海は広い。もし、仲間たちが探しているとしても私を見つけ出すことなど不可能だろう事は最初から覚悟していた。ただ、今あるのは私の動かない手足への恨めしさ。
ぼんやりと、遥か高みが明るくなってまた日が昇ったのを知る。
今、世界はどうなっているのだろう。仲間たちと苦しい旅の果て、世界は清浄に戻ったのだろうか。仲間たちを信じるしかない。
何かの気配に目蓋を開けた。
ほぼ暗闇の中だから、目蓋を開けることさえこのところしていなかったひとみに、ぼんやりとした明かりが近づいてくるのが見える。
「……何だ?」
久しぶりに発する私の声。光はそれを感じ取ったのか近づいてくる。
50センチほどの球形。塗装ははがれ、ずいぶんいたんではいるが、機能的に問題は無いらしい。名前は…覚えていないが、小さな子供用に開発された子守り用のロボットだった。
「どうしてこんなところに?」
ロボットは近づいてくると子供を抱きかかえるように、左右からネットを出し、私を持ち上げた。こんな機能は聞いたことがないから、改造されているのかも知れない。
「気がついた?」
少女の声に目を覚ます。
「ここは?」
尋ねるのも無理は無い。あの球形のロボットに拾らわれた直後、どうも気を失っていたらしい。低い天井。天井と言うよりも、岩肌。乗り捨てられた船と洞窟を組み合わせて作ったらしき室内。
私を覗き込んでいるのは10歳くらいの少女型のロボットとあの球形のロボットだった。
「ここは、パパたちが作ったお家よ」
少女はにっこりと笑う。
「……戦いから逃げたのか」
戦いが激しくなってくると、山や海へ逃げ出す人々がいた。彼女のパパもここへ逃げたのだろう。
「君のパパはどこにいる?」
子守り用ロボットや、子供ロボットでは話にならない。
「パパはちょっと出てくるって」
「どこに?」
「光の世界。私はお留守番してるの」
無邪気な彼女。そういう風にプログラムされているためだ。
「いつ戻ってくるの?」
「すぐに戻ってくるって言ってたよ」
笑ってはいるが、何か不自然さを感じた。
「いつ出て行った?」
「うーんと、2325時間32分17秒前だよ」
よどみなく答える。時間を数えていたらしい。
「――3ヶ月以上前のことじゃないか。まだ戻ってこないの?」
「パパはすぐに戻ってくるって言ったよ」
不思議そうに尋ね返される。子供型のアンドロイドはこの辺が始末に悪い。親に言われたことは守るようにプログラムされている、時間など関係なく。親が無責任に捨てても、死んでしまっても言われたことを守りつづける。これが社会的に問題になり、子供型アンドロイドは2年で製作が中止された。
子供は常に成長過程で無ければならない。けれど成長しては子供ではなくなってしまう。そんなジレンマを克服することができなかったのだ。
「パパを探しにいかないの?」
「どうして?」
どうして、どうしてばかりで話にならない。
「地上に…光の世界に行く手段はある?」
コクリ、と少女はうなづき、
「あれ」指差した方向を見る。
小さな救命ボート。ボートとは言っても球形をしていて、海の底に沈むようなことがあっても3日くらいならば生きていけるようになっている。
「…借りてもいい? パパを探してくるから」
起き上がり、それに乗り込む。子守り用のロボットは簡単な応急処置ができるようなプログラムが入っていると聞いていたが、ずいぶん手足の動きがいい。
「治してくれてありがとう」
礼を言いつつ、扉を閉める。
地上が清浄に戻っていればこの娘のパパは彼女を迎えに来ているはずだし、清浄に戻っていなければ…死んでいるだろう。彼女たちを気の毒に思いつつも、見る見る下方へと遠ざかっていった。
「眩しい」
ボートから這い出した私は思わず顔をしかめた。
何年ぶりの太陽光だろう。助からないと思い、時間を数えるのをやめていたから、今がいったい何時なのかもわからない。
近くに陸地が見える。懐かしい、と感じるところをみると来たことのある場所らしい。
何とか陸地に上陸する。あの頃と何も変わっていない。
私は狐につままれたような気分になりつつも、電車を乗り継ぎ、仲間の一人の家へと向かった。
「こんにちはー」
声をあげると、すぐに中から返事があった。
「はーい、」
聞き覚えのある声。
ガチャガチャと鍵を開ける音がして、中から住人が姿を見せた。こちらの顔を見た途端、ぎょっと驚いた様子を見せたが、すぐに、
「そういえば、おまえ、アンドロイドだったよな」
「お前は老けたな」
「こっちは生身なんだよ」
ふて腐れた顔をする。あの頃のまま。
「どうなったんだ?」
どうしても知りたいことを聞く。
「どうって…」
口篭もり、
「何も変わりゃしないよ」
「変わらない? 戦いはどうなったんだ?」
「勝ったよ」
「勝ったのに何も変わらなかったというのか?」
「…結局さ、ほら、何ていったらいいか……俺たちは若かったんだよ。あいつを倒したからといっても何も変わりゃしなかった。変わるにはまず、俺たちが影響力を持って、あいつにとってかわらなきゃならなかったんだ。
考えてみると、あいつのやっていたことだって方法としては一番善い方法だったんだよ。俺たちが若かったって事さ」
一気にまくし立てるようにしゃべり、
「じゃあな」と扉を閉められた。
自分は何をしていたんだろう。
水の中で動かずに居続けたほうが良かったのかもしれない。
2003年8月10日 『仄暗い水の底から』というホラー映画のタイトルからのイメージっぽい雰囲気から始まり、2日ほど前に読んだ『猫の地球儀』っぽい雰囲気+ハロのような物体が登場。それをRPGで味付けしたような感じ。それにしても描写が細かいというか、大雑把というか……変な夢。ここに出てくる「私」はもちろん私のことじゃありません。
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