ホラー系なので、血、殺戮が苦手な人は見ない方が良いです。

ゲーム

 逃げなければならない。
 この狂った館から。
 逃げなければならない。
 この『ゲーム』の主催者である、狂った大金持ちから。
 逃げなければならない。
 みんな同じ思いだった。
 クラスの仕切り屋である、じゃじゃ馬娘の橘綾香たちばなあやかが皆を率先している。いつものおちゃらけた雰囲気はない。いつもこうしていれば相当の美人なのに……。
「こっち、この階段を降りてもう少し行ったら出入り口があるから!」
 ポニーテールにした髪が皆を励まそうと振り返るたび、鬱陶うっとおしく揺れている。
「がんばれ、もう少しだぞ!」
 橘のすぐ後でサブリーダーのように立ち回っているのが大村貴志おおむらたかし。運動神経抜群の男で、野球部のキャプテンをやっている。ジャニーズっぽい童顔だが、気安い雰囲気あり、異性にも同性にも好かれている奴だ。
「きゃっ」
 建物がぐらぐら揺れ、僕の近くにいた女が悲鳴をあげて座り込む。
香織かおり、立ってよ! もうちょっとなんだから!!」
「香織ぃ、ねぇ、行こうよぉ」
 杉崎香織すぎさきかおりと仲のよい、梶原未来かじわらみく水城晴香みずきはるかだろうと思われる女が声を掛けているのが耳に入る。
 建物内は蝋燭ろうそくによる弱い光と、火災による炎の他に灯りと呼べるようなものは無く、薄暗い。誰が誰かなんてことは、はっきりいって区別はつかない。ただでさえ、みんなの顔がすすで真っ黒になっているのだから。

 きゃぁぁぁぁぁ
 うわぁぁぁぁぁぁっ
 ぎゃぁぁぁぁぁぁ
 助けてぇぇぇ

 何人かの悲鳴が重なり、重い物が落下する音が響く。
「どうやら四人死んだようだね」
 どこからかスピーカーを通して、ボイスレコーダーでも使って声色を変えた男の声が館に響く。
「さあ、急がなければいけないよ。残りは十九人。もちろん、君たちの中にいる裏切り者を引いてだがね」
 鼻で笑う音が響き唐突に途切れる。マイクの電源を切ったのだろう。
 生存しているのは僕を含めて二十人ちょうど。この館に入った時、僕たちは三十一人いた。
 ヤツが言ってる『裏切り者』というのは、このメンバーの中にヤツに金で囲われた、僕たちにとっての裏切り者がいるということだ。こいつは仲間をすでに七人殺している。
 がたがたともろくなった天井から破片が降り注ぐ。
 不安定な取り付け方をされている、クラシックな吊り階段がぐらぐら揺れ、僕たちは急ごうにも急げないでいた。
 不安は感染する。
「大丈夫よ。私を信じて!」
「絶対に助けてやるからついて来い!!」
 僕たちの不安と混乱はたった二人、橘と大村の存在によって救われていた。
 だが、ゆらりと視界がぐらつき、足元が不安定になる。

 いやぁぁぁぁぁぁぁぁ
 お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん 
 助けてぇぇぇぇ

「今度は三人か。残り十六人、『ゲーム』はまだまだ終わらないよ」
 ヤツの声がする。
「それにしても月島つきしま君ラッキーだったね。大村君が傍にいなけりゃ、今ごろ死亡者リストの十五番目に名前をつらねてる所だったよ」
 残念そうな声色がスピーカーを通して聞こえてくる。
「大丈夫か? 月島」
 大村が励ますように僕に声を掛けてくる。
「ああ、ありがとう大村君」
 僕は大村からは見えもしないだろうが、顔に温厚な笑みを浮かべる。
「良いって」
 大村はいつも僕が礼を言った時と同じ返事を返し、うずくまってしまった奴らを励まし始める。
 あと数段で一階にたどり着くというところまで来ると、ぱらぱら降り注いでいた天井の破片に変わり、突如巨大な塊が降り注いできた。
 声をあげる暇も無く、幾人かがそれの下敷きになる。
「今度ので……こりゃ大量だ、十二人死亡。残るは『裏切り者』を含めた五人か」
「裏切り者なんてこの中には最初っからいないわ!」
「そうだ! 裏切り者ってのはお前が俺たちを疑心暗鬼にさせる作戦だろ!?」
 ここまで来ても橘と大村の元気の良さは失われないどころか、ますます増長しているような気配もある。
「嫌……もう、嫌ぁ、帰りたい、家に帰りたいよぅ」
 僕の近くにいた杉崎が座り込み、、落下してつぶれたヤツの手を握り締めている。
「香織ぃ……ねぇ、立ってよぉ」
 座り込んだ杉崎に水城の弱々しげな声がかぶさる。水城は普段教室にいた時は杉崎と梶原にいじめられてるんじゃないかとまで思ってしまうような、大人しいを通り越した、暗いタイプの女だった。だが、一番根性はあるらしい。階段を降りているときもずっと泣きもせず、弱音を吐くことも無かった。
 もうすぐ外への扉がある。

 ダダダダダダッ

 マシンガンの派手な銃声音が鳴り響き、さっきまで生きていた杉崎と水城、橘が倒れこむと、目を大きく見開き、胸や腹から大量の赤い液体を垂れ流す。
 大村は腹に一発食らっただけのようで、驚愕のため大きく目を見開き、僕を見つめている。
「おま……ごほっげほっ」
「喋らない方がいいよ、大村君。こんな近距離で撃ったんだから――弾、貫通してるだろ?」
「な、んで……」
 大村は膝を付き、自らの腹から流れ出る血を抑えようと腹にきつく手を当てている。
「言ってただろ放送で。この中には一人裏切り者がいるって」
「なん、で……」
 大村の意識を失いかけている。
「僕は最初っから君たちを裏切っていたんだ。これも全ては金のためさ。言うだろ『地獄の沙汰さたも金しだい』って」
 僕達が目指していた扉の前には銀色のトランクケース。中にはぎっしりと一万円の束。
「ほら、みんなの供養代。渡しといて」
 僕は札束で重いトランクを大村の傍まで運び、意識を失いかけている大村をそれで殴りつけた。
「ぐぅ……」
 下手な蛙のような鳴き声をあげ、大村は死んだ。
 大村の死体に、トランクの中から百万円の札束を一つ掴み出し、く。
 トランクを大村の頭からもち上げると、血がべっとりとついていた。心なしか大村の頭も変形している。
 ふと視線を感じ振り向くと、そこには大きな姿見があった。
 フレームなしの眼鏡を掛けた、線の細い、色白で華奢な感じの少年が狂気じみた薄ら笑いを浮かべ立っている。誰もが第一印象に『害』はないと受け取るタイプ。
「馬鹿だな……」
 僕は小さくつぶやき、それから視線をはずす。
 再びトランクについた汚れを見る。銀色に赤黒い染みがついていたら、不審に思われるかもしれない。だが、それよりもまずはこの気味の悪い館を後にすることだ。
 観音開きの重厚な扉を開け、僕は館を後にした。



 あれから一年ほどしたある日。
「よう!」
 僕の目の前で、サングラスをした若い男が片手を挙げる。
 街中で目的も無く、ふらふらしていた僕はそう声を掛けられても、それが自分に対するものだとは気付かず通り過ぎようとした。
「待てって、俺だ」
 肩をつかまれ、無理やりその男と対面する格好になる。
 男はサングラスを少しずらす。その顔は――大村だった。
「あんまり驚いてないなぁ、お前ってそういうキャラだったのか?」
 いや、驚いてはいるのだが、驚きすぎて何も出来ないのだ。
「ちょっとあのゲームのことで話があるんだ」
 大村はいつもの、気安い感じで僕の首に腕をまわす。僕はそれを振りほどこうとするが、力が強く振りほどくことができない。僕は引きずられるように大村に連れて行かれた。
「さて、この辺でいいか」
 見晴らしの良い、崖の上にある公園で僕は開放された。
 大村は崖を乗り越えないように区切ってある柵の上に、身軽にい上がり、腰を下ろす。
「見晴らしいいだろ? ここ」
 そういって、胸ポケットから煙草を取り出しふかしはじめる。
「あ、俺じつは留年しててさ、お前より1コ、歳大きんだわ。つまり、今二十歳ってことね」
 相変わらずの気安い口調。あの頃と全く変わっていない。だぼだぼのアーミーズボンに、黒いTシャツ、サングラス……そんな格好さえしていなければ。
「僕に何の用だ?」
 声が震えないよう気を付けながら、慎重に声を掛ける。
「冷たいなぁ月島。お前は『柔和な月島君』で通ってただろ? あれって芝居だったのか?」
「昔話がしたいだけなら帰る」
「あぁぁぁ待て、ちょっと待て。話は終わってないぞ」
 紫煙をドーナツ状に吐き出している途中の大村は慌てた様子で僕を呼び止め、
「ああ、くっそ……あと一個で自己新だったのに」
 空中に消えてゆくドーナツ状の紫煙を恨めしそうに見つめる。
「話は何なんだ?」
 不機嫌そうな声色を搾り出す。大村にびびっていると悟られてはいけない。
「お前が裏切り者だったようにさ、皆にも『役』っていうのかな、そういうのが最初っからあったんだ」
 役?
「ああ、そう変な顔すんなって。説明してやるからさ。
 つまり、最初っからあれは『ゲーム』って名のお芝居だったのさ。クラス全員の元にどこからとも無く手紙が届けられる所から全ては始まる。
 本当ならそんな怪しい手紙の招待に誰か一人は行かないっていうヤツがいるのが本当だろ? だが、誰も反対しなかった。みんなであの変な屋敷に乗り込み、泊まる。そして、まず初めに殺されるのは筑波透つくばとおる絞殺こうさつだ」
 大村は2本目の煙草に火をつける。
「次に川瀬百合かわせゆりが―――」
「もういい。その辺はわかってる」
 僕は大村の言葉をさえぎる。一年も経ったというのに、生々しく記憶が蘇ってくる。あのときの驚愕きょうがくの顔。悲痛な叫び声。助けてほしいという懇願こんがんの表情。腹の底から吐き気をもよおす生臭い血……。
「あぁ、そうだよな。お前が予定通り、指定された方法で殺したんだから知ってて当然だよな」
 崖から火のついた煙草を投げ落とす。
「お前さ、金の使い方が面白いよな」
 ポツリと呟くように言う。
「何が言いたいんだ?」
「クラスメイト平気で殺せるようなやつが、まさか慈善事業やら環境問題やらにほとんど金を注ぎ込んじまうなんて思ってもみなかったってことだよ」
 僕は息を呑む。確かに、貰った金はいくつかの自然保護団体や、基金などに寄付をした。だが、それは匿名で。しかも、現金でだ。誰も、それが僕だとは気付いていないはずだ。僕はフリーターで生活できる最低限の金しか手元には残していないし、貰った金を一度も、預金も貯金もしていないのだから。
 大村は新しく煙草に火をつけ、大きく吸う。
「俺を殺したはずなのに何で生きてるのか不思議じゃないか?」
 僕が一番知りたくてたまらないことを聞いてくる。だが、僕は
「そんなことはどうでも良い」
つっぱねる。大村は僕の顔をしみじみ眺め、呟く。
「……お前って本当にキャラ違うよな」
 また新しい煙草に火をつける。
「ま、いいから聞いとけ。これも『ゲーム』なんだから」
 その言葉にびくっとする。
「『ゲーム』はもう終わったんじゃ…」
「何言ってるんだ。俺が生きてるってことは、『ゲーム』が終わってるとはいえないだろ? それに、さっき言っただろ皆に『役』があったって。お、今度は六つ成功。今日は調子がいいわ」
 関係のないことを喋る。
「話を続けろ」
「……短気なやつだな。俺は一番最後にお前に殺される『役』だったんだ。メインディッシュってやつか? 殺し方は指定なし。マシンガンで橘たちと一緒に殺されても良かったし、お前が自分で考えた好きな方法で殺される役だ。一番重要なうえに、一番大変な役だったんだぞ」
 大村は煙草の煙を吐き出すためにいちいち話を区切る。
「……それで?」
 僕がうながすと、大村は大きく煙を吐いた後、話を再会した。
「お前は俺をマシンガンで撃ち、トランクで撲殺した。あれはマジで痛かったぞ。まさかマシンガンをあんな至近距離から撃ってくるとは思っても無かったしな。橘めちゃくちゃ怒ってたぞ。いくら弾があたっても死なないやつだからって、あんな至近距離で打たれたら死ぬ演技も痛くってままならないってな。俺なんかあの後、札束詰まったトランクで思いっきり横顔強打されたってのに」
 あの時の重い手ごたえが蘇ってくる。札束の詰まった重いトランクは、確かに大村の横顔にめり込んだ。骨の砕けるような手ごたえもあった。絶対にあの時、大村は死んでいた。
 大村は煙を吐き出し、黙り込んだ僕に声を掛ける。
「あー、何も後ろめたく思わなくってもいいさ。俺はそういう『役』だったんだから……」
 大村は新たな煙草を取り出し、火をつける。
「やっと本題に入るんだが、俺が生きてるように、他の奴らも生きてる。つまりだ、『ゲーム』はまだ終わっちゃいないんだ」
 目つきが変わる。それまでの老若男女問わず惹きつける雰囲気が無くなり、野生の獣と同じ目つきになる。
「だ、だが、俺は確かにお前を殺した。他の奴らもだ。手ごたえも確かにあったし……」
 僕が声の震えを抑えきれず言葉を発すると、大村は顔にニヤリと残忍な笑みを浮かべ、
「じゃあ、こう考えてもいい。俺には双子がいた。一卵性双生児の全く瓜二つのヤツだ。死んだのは片割れで、生きてるのはもう一方の俺ってわけだ」
 暗い笑みを浮かべ笑う。
「そ、そんなこと……」
 そんな都合のいい、小説のようなことがあるわけが無い。
「お前は『裏切り者』としていくら貰った? 考えてみろ、このゲームの主催者はどこの誰ともわからない頭の狂った超大金持ちだ。
 だったらだ、つぎにその双子の片割れを使って、俺の片割れがお前に残酷にも殺されるシーンを見せ、お前に復讐しようと思って近づいたってのは……どうだ?」
 きょろきょろと辺りを見渡す。大村は僕の顔を面白そうに見つめる。
「……何が本当なんだ?」
 僕の問いに、大村はドーナツ型の煙を吐き出し、
「ま、何でもいいさ。お前が考えろ」
 そういってドーナツ型の煙を作ることに熱中し始める。
 僕はじっと大村を見ていたが、ぽんっと大村の背を押した。
 大村は悲鳴もあげず、暗い海の底へと落下してゆく。
「……また俺を殺したか」
 声は後ろから聞こえた。
 僕が振り向くとそこには大村の姿。
「なんでだ! 今、こっから……」
「ふん、」
 大村は鼻で笑い、
「実は一卵性の三つ子だったってのはどうだ? それともクローン人間とか、実は俺は忍者で途中から座ってたのは俺によく似た人形で、お前が目を離した一瞬の隙を突いて俺はお前の背後に移動して息を殺してた、とか。……ああ、あと実は俺は超能力者で瞬間移動能力が使えるってのは?」
 自分の言葉が可笑しかったのか大村はくくくっと腹を抱えて笑い出す。
 僕は真っ白な頭で首を振る。
「何が本当なんだ!」
「そんなこと、自分で確かめろよ」
 大村は突き放した言い方をし、去っていった。
 僕は呆然とその場に立ち尽くす。
「何が本当なんだ……?」
 しばらく呆然としていたが、三人目の大村の言葉に導かれるように、ふらふらと大村が座っていた柵に腰を下ろす。そして、僕は確かに突き落としたはずの大村の姿を見ようと、崖に身を乗り出した。

01/5/18 もっと奇想天外で前後の脈略が無く、意味不明な夢だったので、小説化するにあたり、内容を大分変えました。
夢の中では月島君は「暗号文」だか「秘文」だかを最初っから知ってる「優勝者」だとか言ってました。ちなみに「暗号文」ってのは、その屋敷(学校?)内の(筑波君が殺された)部屋に、黒板だか映画のスクリーンだかにペンキのようなもので書いてあるみたいでした。ただし、真ん中あたりに読みやすい字で。何が書いてあったのかは不明。

©2001-2009 空色惑星