物語を書いてください

 目の前には真っ白な原稿用紙。デジタル時計は、現在時刻が二十三時過であると表示――。
「どうしよ」
 何も文章が浮かばない。でも、何か書かなきゃいけない。明日の一時限目には提出しなきゃいけないのだから。
 シャーペンの芯を出し、ちょっと出しすぎたかもと引っ込め、消しゴムの位置を変え、白紙を睨み付け……してるうちに三十分過ぎる。
「何、書けってのよ」
 頭をぐしぐしかきむしり、引き出しから手鏡とクシを取り出して丁寧に撫で付ける。そうこうしているうち、
「うっわ、今日になっちゃったよ」
 こうなりゃ前回と同じ手を使うしかない。でも、後で呼び出されて、起承転結と構成を考えろって嫌味言われたんだよね。あーでも、考えてる時間ないし、他に手がない――明日、この宿題出した安藤女史の機嫌がいいことを祈るしかない。

 むかしむかし、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんはいつもニコニコしていて、白いひげをはやしていて、うす汚れた茶色のきものと灰色のはかまをはいてて――

 ひらがなを目いっぱい使い、無駄だと思われる部分でもとにかく描写。何とかマス目を埋める方式。おじいさんとおばあさんの見た目を描写し、住んでるとこと時代設定をやたら細かく書き、ついでにネット検索した、豆知識を書いておく。
 原稿用紙十枚以上、やっとこ埋める。登場人物はおじいさん、おばあさん、そして近所に住んでる人たち。ストーリーなんて、私が考え付くわけないので『一寸法師』を参考にした。『桃太郎』に比べればマイナーだし、前半しか参考にしてないからバレはしないだろう。物語の重要な部分である、お姫様も助けてないし、大きくもならなかったし。
 時刻を見れば二時前。寝なきゃヤバイ。書き終わった原稿用紙をまとめ、部屋の電気を切って布団に入る。創作物語を宿題に出す安藤女史も、国語も大嫌い。
 ベッド脇、机の上の卓上スタンドを消そうと手を伸ばし、何か柔らかなものに触れた。
「見つかってしまいましたね」
 男の声。ぎょっと起き上がって、机の上をよくよく見やる。金の冠に、ふわふわカールした褐色の髪、赤いマント、ちょうちんパンツに白タイツ。どこかで見たこと在るような顔立ちした、身の丈十五センチほどの王子様。瞬きを繰り返したが、目の前のものはそこにある。いや、いる。
「これほど遅い時間にうら若きレディの部屋へお邪魔してしまっていること、まず謝罪させて下さい」
「えぇっと……何、ロボット? それにしちゃ動きが滑らかすぎるわね。何かの亜種? それとも新種? 何で日本語しゃべれるの?」
「一度に多くの質問には答えかねます、お嬢さん。私は見ての通り、通りがかりの王子。あなたに姿を見せるつもりはなかったのです」
「私、寝てる? これ、夢?」
「あなたはまだ、眠ってはおられませんよ」
 王子は何がおかしいのか笑う。話、かみ合ってない。この小さな王子のどこに、何でこんなに余裕あるのかわからない。
「何なの?」
「何、とは? 目的ですか?」
「そうそう。何でこんなところにいるわけ」
「通りがかったのです」
 王子は言って、私がさっき書いてた原稿用紙の上に立つ。
「物語から物語へ渡り歩くこと、私の楽しみの一つなのですよ――イクリプス!」
 原稿用紙の一部がぐにゃりと曲がり、王子様に合わせたサイズの白馬が現れる。どうなってるのか、誰か科学的に説明して欲しい。
 王子は馬にまたがり、私を見る。馬はおとなしくしてる。
「お嬢さん」
「はい」
「この物語は――あまりにも酷い」
 私の原稿用紙を指差す。ヨーロッパ風の王子様に、私の書いた和風の物語の批評をされても。そもそも、これは宿題の為、原稿用紙埋めただけの文章であって、物語といえるような代物じゃない。私に物語を創作しろなんて、無茶。不可能としか言いようがない。
「姫から話を聞いたとき、私は驚いてしまったのです」
 王子に馬ときたんだから、そりゃ姫もいるわな。もう、どうにでもなれって心境。第一、時間が時間だから私も眠い。頭が働かない。
「我が愛しの姫が悲しんでいました。物語とは誰にでも生み出せるもののはずです。私達は物語を糧として生きている。ですから、あなたのような方がいらっしゃるとは――」
 言葉をつまらせ、さめざめと泣いている。そこまで言われると、ごめんなさいと謝るしかない。というか、自分自身が情けなくて仕方ない。
 王子様に、泣かれるほどの私の想像力の無さ。何を言われても、なんと言われても、私には物語を創造することなんて無理なのよ。私も泣きたい気分になって、ぐだぐだ考えてるうちに眠ってしまったらしい。
 目覚まし時計の音で目を覚ましたとき、つけっぱなしのライトはそのまま。机の上には王子様も馬の姿も無かった。当たり前だ。夢、以外に考えられない。

 問題の宿題提出時間がやってきた。安藤女史は低血圧で、一時限目に機嫌が良かったためしがない。
「出席番号順に一人づつ前に持ってきて下さい。他の人は今から配るプリントして下さい、テスト範囲ですから」
 まわされたプリントは相変わらず量があるし、問題多いし。テスト範囲は今回も膨大みたい。私みたいに国語ができない生徒には、安藤女史は鬼か悪魔にしか思えない。
 傍線部(四)と思った、私の心情を文章中から四十文字以内で抜き出しなさい……なんて、謎めいた文章問題をひたすら眺めていた頃、私の番になった。
「今回はまともなもの、書いてきたの?」
 私の顔見てすぐにそのお言葉。私って超問題児ですか。黙ったまま原稿用紙を渡す。その場で読み始め――怖い。ひたいの青筋が増えていくのがわかる。
「私はレポートじゃなくて、物語を書いてくるように言ったはずだけれど?」
 ヘビににらまれた蛙の心境。
「……も、物語です」
「これ『一寸法師』よね」
 バレてる。マイナーだと思ってたのに、私が知らないだけで、有名な物語だったのだろうか。
「放課後、準備室に」
「……はい……」
 提出は受け付けてもらえたけれど、評価はいつも通り最低っぽい。放課後が来なければいい。

 願っていても、時間が過ぎれば自動的に放課後になる。だらだら荷物をカバンに詰めて、みんなが教室からいなくなった頃、ようやく準備室へと足を向ける。
「失礼します」
「やっと来たわね」
 コーヒー片手に安藤女史こと安藤先生が振り返る。眼鏡の奥の瞳が怖い。
「入って入って」
 タケヤンこと武井先生。窓にもたれかかって、こちらもコーヒー飲んでる。優しい雰囲気が女子に人気。タケヤンの担当は歴史なのにどうしてここにいるのだろう。
「コーヒー飲む? 砂糖とミルクはどうする?」
 タケヤンは私にもコーヒーを作ってくれた。その間、安藤女史は何も言わない。怖い。
 癖の無い黒髪をUピンできっちりまとめてる安藤女史と、褐色天然パーマ、ほよよんとした印象のタケヤン。共通点の無い二人だけれど、なぜか良く一緒にいる。
 猫舌な私がゆっくりコーヒー半分飲み終わっても、安藤女史は何も言わない。
「あの、私、物語のことで呼ばれたんですよね――」
 辛抱しきれなくなって言ってしまった。
「あなたの書いたものは物語とは言いません」
 バッサリ。私もわかってたことなんだけど、泣きそう。
「もうちょっと言い方考えようよ。泣きそうじゃない。確かに……酷すぎるけどさ」
 タケヤン、私の味方なのか、安藤女史の味方なのかわからない。
「読んだの、タケヤンも?」
「読んでないよ、正確には」
「読めないわよ、あれは物語といえるようなものじゃないから」
 タケヤンも女史も顔を合わせてため息をつく。
「こんなに想像力、とぼしいのも珍しい」
「あなたは読書、嫌いなの?」
「もうちょっと真剣に物語を書いてくれれば嬉しいんだけれどね」
「書き手の情熱の片鱗も感じられない、ただ文章が過ぎて行くだけ」
「僕達は君たちの書く物語に、面白さとか上手さを求めているわけじゃないんだ」
「それ以前の問題」
 反論する言葉の無い私に、タケヤンはため息一つついて、
「優しい子だから、理由がわかればわかってくれるよ。姫」
 と、タケヤン。安藤女史の片手をとって、その甲に口付ける。次の瞬間、安藤女史が座っていた椅子の上に、十五センチくらいの王子様とお姫様の姿。昨日の夢の王子様――
「タケヤンだったの?」
 私の言葉を無視して、お姫様はフリルとレースがいっぱいついた日傘を広げて、腕を組んだ二人は机の上にふわりと飛び上がる――現実的ではない、重力を感じさせないジャンプ力で。
「私達は物語が生きる糧」
 昨日、王子様が言っていた台詞をお姫様が繰り返す。フリルとレースとリボンがいっぱいついた、レモン色のドレス。正統なお姫様らしい、お姫様の格好。
「あなたの物語は――」
「わかりました」
 こういうことなら女史に恨み言はいえない。月に二回も創作物語の宿題だすのは、こういう意味があったのだとわかったら。
「ほら、わかってくれた」
 王子様――タケヤンは言って、元のサイズに戻る。机に腰掛けてるタケヤンと安藤女史。タケヤンは嬉しげに安藤女史を見つめ、安藤女史は気まずそうに視線をそらしてる。
 安藤女史は姫って言うより、女王様だと思う。

 次の創作物語の宿題。安藤女史は私の原稿用紙を軽く読んで、ため息ついた。
「センス無いのね。でも、努力してるのは評価する」
 いつも通りの最悪評価、ではなかった。

『物語を書いてください』をご覧いただきありがとうございました。〔2009/02/17〕

主人公中学生にして、小さい王子様との恋愛(失恋?)ものにしようと思って書き始めたものの、いつも通り、書いてるうちに流れが変わりましたよ。桑田乃梨子さんの漫画、面白いよね。

2012/01/18 訂正

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