眼鏡

 夏の自由研究などという柄ではないが、久々に何か植物を育ててみたいと思い、地元のホームセンターにやってきた。
 店の前では様々な野菜の苗が売られていた。どれを買ってよいものやらわからない。きゅうり、朝顔、ゴーヤなど、蔓性の植物の苗を見比べる。初心者なので育てやすいものが良いが、どれがそうなのかわからない。
 じっくり、腕組みして見比べていたら、ふと見慣れない葉の苗を見つけた。説明書を見るが、綺麗な花が咲くわけでも、食べられる果実や野菜がなるわけでもない。
「眼鏡?」
 説明書には眼鏡がなると書かれていた。そばには蔓から垂れ下がった赤いセルフレームの眼鏡の写真。値段は一苗798円。高い気もするし、それなりな気もする微妙な価格。初心者も安心、育てやすいとある。胡散臭いが、それを買うことにした。
 プランター、朝顔用の支柱。鉢底石と培養土を手にとる。
「あと必要なものは……追肥」
 店員に場所を尋ねると、奥の方に案内された。あまり売れるものでもないらしい。
「セルフレームとメタルフレーム、どちらを育てられるんですか?」
「どちらでもなるの?」
「肥料のやり方で、どちらでも出来ますよ。なにせ、眼鏡の木ですから。サングラスを作りたいのならば、日よけも必要ですよ」
「へえ、知らなかった」
 眼鏡用の肥料はかなり数があった。品揃えが良いところをみると、しばらく前に流行っていたのかもしれない。
 細かな説明を読み、液体肥料や固形肥料を見比べる。度入りの眼鏡を育てるのは管理が難しそうだったので、フレームだけの眼鏡を育てることにした。
 家に帰り、早速植える事にした。プランターに鉢底石を敷き、培養土を入れる。眼鏡の木の苗を植え、鉢に朝顔用の支柱をとりつける。水をやったら、植え付け完了。毎日の水やりと定期的な追肥をすれば、立派な眼鏡がなるだろう。

 二週間ほどすると、ずいぶん蔓が延びた。葉が生い茂っているものの、眼鏡の花、もしくは実は見えない。
 四週間目。初めて眼鏡がなる。人形用としては少し大きめのサイズ。黄色い縁のセルフレーム風だが、このまま大きくなるのだろうか。ネットで調べてみたところ、成長するうちに色や形が変ることもあるようだ。
 一つ眼鏡がなると、次々なり始めた。五つくらいまではきちんと記録をつけていたけれど、それ以後は記録をつけるのをやめてしまった。蔓には鈴なりに眼鏡がなっている。
 掛けるのにちょうど良い大きさの眼鏡に成長したので、待ちに待った収穫。白いセルフレーム、金色のメタルフレーム、紫色のまだらなメタルフレームの三本。レンズ用の肥料を買っていないので、レンズはついていない。
 翌日採れたのは、緑色のセルフレーム眼鏡だ。緑というより、アオガエルのような色だ。これも使いにくい。眼鏡用の箱に入れる。
 毎日収穫する眼鏡で、眼鏡箱はいっぱいになったが、気に入るような眼鏡は取れない。蔓や葉は植物だから燃えるごみに出せるが、眼鏡は燃えないごみに出すしかない。日々増えていく眼鏡を横目で見やる。眼鏡の木にはまだ、眼鏡の実がついている。
 盆が終わり、ようやく、実が出来なくなった。眼鏡箱にはあふれた眼鏡。姪っ子が帰省してきたとき、ごっそり眼鏡を土産に持たせてやったが、それでもまだある。
 来年は無難に朝顔の苗を育てようと思った。

『眼鏡』をご覧いただきありがとうございました。〔2011/08/07〕

2012/01/18 訂正

©2001-2014空色惑星