お探しのデータは存在しません

 お探しのデータは存在しません。

 画面上に浮かんだ文字を見て、ルミは眉をしかめた。
 消去した覚えなどない。それとも、消去した事実さえ消してしまったのだろうか。
 不安に思いつつ、もう一度検索を掛ける。
 同じ答えが提示される。
 エラーだろうか。
 自問するも、それを肯定などできない。エラーチェックを掛け、最適化する。それら全てを行うには時間がかかるが、どこかにデータが迷い込んでいるだけなのかもしれない。それらが完了したら、もう一度、ワードを変えて検索してみよう。

 脳内記憶を外部記憶装置にうつす、なんてSFじみたことが開発されたのは十数年前だっただろうか。それが普及して一般化したのはおととしの秋あたりから。発売される外部記憶装置は季節ごとに大容量になり、価格は下がり、外装はおしゃれになった。ルミが外部記憶装置を使い始めたのは去年のクリスマスから。だから、友人たちの仲で一番遅かった。
 ルミは記憶力の良いことを常に自慢していた。学校のテストだって、テスト前の十分ほどで教科書を丸暗記していたし、友人たちが忘れてしまっている昔の些細な出来事だってよく覚えていた。
 彼女が忘れたり、ど忘れするなんて有りえないことだった。

 お探しのデータは存在しません。

 無常な一文が表示される。五年前に友人だったと言う、マツリという少女のことを思い出すことができない。マツリはいまどき珍しく外部記憶装置を持っていなかったけれど、証拠となる物品をいくつか持っていた。
 一緒にうつった写真、当時ルミが好んでいたキャラクターの便箋に書かれた、ルミの手書きによる手紙。そこにはルミが当時好んでいたものたちのことが書かれていた。
 ルミの記憶の中にはマツリという少女は存在していない。けれど、マツリの記憶の中にも、ルミの友人達の記憶の中にも、ルミとマツリが友人だったという記憶が存在している。
 ちらり、ルミの頭の中にエラーという文字が浮かび、否定する。思い出せないのは、彼女を思い出す必要がないから、思い出さないのかもしれないと思いなおす。
 ルミとマツリは友達だった。
 過去形を現在形へ変えてしまえば、存在しないデータに恐怖せずにいられるかもしれない。それはただ、自分への欺瞞ではなかろうかと思いながらも、エラーという言葉を頭の隅へ追いやるにはそれ以外になさそうだった。

『お探しのデータは存在しません』をご覧いただきありがとうございました。〔2012/02/17〕

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