モブが知っていること

 リズミカルな電子音。部屋に響く陽気なメロディー。
 好きな曲を着信音に設定したら、途中で切らなきゃならないのが残念だと思いつつ、ハナは携帯を手にとる。相手は、と見やれば――非通知設定。しばらく曲を聞き入る。鳴り止まないこともあり、思い切って着信ボタンを押す。
 相手は無言。互いの沈黙が重い。
「誰?」
「あっと、ゴメン。えっと――お久しぶり、ノリコだけど」
「……え? あーっ!? 何、どしたの? 誰かと思えばー。今、何してるの?? 突然連絡取れなくなるから心配したじゃん」
 とりとめもなく思いつくまま言葉を吐き出す。ノリコと音信不通になったのは半年くらい前だ。
「どーもー。本当にご無沙汰しております、誠に面目ない」
 ノリコは申し訳なさそうに、改まった台詞。
「ハナには多大なご心配、並びにご迷惑をおかけいたしまして……」
「だから、どうしてたのよ? 何があったの?」
「なんていうか……仕事の関連。えぇっと、電波の通じないところにいたっていうか……携帯、壊れたし……だけじゃなくて、その……バタバタもしてたみたいな……」
 はっきりしない。説明に時間がかかりそうなので、
「まぁ、それについてはまた今度、時間があるときゆっくり聞くわ。で、今どこいるの?」
 長話になりそうなので、スツールに腰を下ろす。
「……職場……みたいな」
 みたいなって何だ。それに、職場がどこにあるかははぐらかされてばかりで教えてもらっていない。
「どこら辺?」
「えぇっと……中部地方の山奥で……県境に接してるから――」
「具体的な住所」
「それはちょっと……。めったやたらに所在地を明かしちゃダメだって言われてるの。
 私、ハナに元気にしてる事だけ伝えとこうと思って……無理言って電話かけさせてもらってんの」
 話にならない。
「辞めなよ」
「えぇっ!? 突然何よ」
「おかしいでしょ、誰が聞いたって。ブラックもブラック。超ブラック企業じゃん。住所も明かせないって……会社としておかしいでしょ」
「違うって。前に言ったじゃん。仕事内容はエコ関連のグローバルな会社だって。ボスは外国人だし、いろんな国の人がいるからちょっと社則が変ってて――でも、きちんとしたとこだって」
「あんた、アルバイトだよね? 自分がワーカーホリックだって理解してる?」
「――先日、社員登用になりまして」
「……それはオメデトって言ってもいいものなのかね?」
「このご時世じゃ、あり難いことだよ」
「辞める気はないってこと?」
「今さら辞められないっていうか」
「犯罪にでも荷担してるの?」
「……それは秘密です」
「おいおい」
 携帯の向こうでノリコが声を殺して笑っている。
「ジョークか。それで? 携帯壊れたって言ってたけど、新しい携帯は?」
「まだ持ってない。今は博士に携帯借りてる……あ、今のなし。聞かなかったことにして」
 別に慌てる必要はないのに、ノリコは説明を重ねる。そんな部分も秘密なのだろうか。
「博士ってのは、あの、通称っていうか、愛称っていうか――そのー、そんな感じの、ただの会社の人のことだから」
「……そう。で、テレビは見れてるの? 電波通じないとか言ってたけど」
「全然〜」
「じゃ、もしかして最近世間を騒がせまくってるアールやウサギ風邪も知らないってこと?」
 新聞ぐらい読んでるだろうと思いつつ尋ねてみたものの、
「まったく〜。何それ」
 完璧、浦島太郎じゃないか。エコ関連の仕事って、一体どこで、何をしているのやら。
「人が多いところに現れる、アールって連中がいるの」
「アール?」
「タケモトさんがそう言ってた。タケモトさん、覚えてる? 喫茶店の常連さん」
「わかるわかる。あの黒ずくめの人でしょ? 自称ライターの人」
「そうそう。あの人がアールって名づけたのよ。Rabbitの頭文字だって。連中、自分たちのこと――」
と、笑いがこみ上げてくる。
「なになに?」
「――う、うさぴょん団って言ってるんだけど……それじゃ呼びにくいからって、タケモトさんが命名して……」
 なかなか笑いが収まらない。いい年した大人達が集まって、何を思ってそんな名前をつけたのかわからない。
「私だって恥ずかしいわよ! でも、ボスが――」
 ノリコはあげた声を慌ててひそめ、
「っげ、ご、ごめん。えっと、あの、今、電話中だからその話は後で――」
 どうやら近くに誰かいるらしい。
「もしかして仕事中?」
「いや、えっと――大丈夫。それより、ウサギ風邪って?」
「あぁ、それは外見の一部がウサギに変化する風邪」
「えぇっと……」
「ウソじゃないわよ。タツミ兄なんて、ウサ耳生えてたもん。私も鼻とか口周りがウサギっぽくなってたし、カズイシさんは目がウサギっぽくなってた」
「あの……」
「あぁ、カズイシさんってのは、タケモトさんのお友達ね」
「じゃなくて、あの、それって……風邪?」
「風邪の変種みたいなものらしいよ。体調悪くなるわけじゃないし、病院行っても原因がわからないって言われるだけだし、でも、薬飲まなくても数日したら治るし」
「エコに目覚めたりは?」
「はい?」
「自然にたいして優しい気持ちになるって言うか……そういうのは?」
「何言ってるの? 近くに誰かいる?」
「え? あ、ご、ごめん。そうそう、こっちの仕事の話」
「もしかして忙しい?」
「いや、そうじゃないけど……なんていうか、私、平社員じゃないのよ」
「ってことは、主任とか?」
「まぁだいたい、そんな感じかな。部下いるし」
「なんでまた」
「なんていうか、業務拡大とか前任者の退任とか人手不足とか――ばたばたっと重なってね。アルバイト暦長かったから、上の人に顔を覚えられてたりして……そんなこんなで」
 色々あったってことらしい。
「じゃあ、忙しいってこと? しばらくはこっちに戻って来れないとか? でも、さすがに年末年始は戻って来るんでしょ?」
「いや、その辺も忙しい――予定では」
「何やってる会社なのよ」
「だから、その……エコだって。ごめん、もう切るね。元気だってことだけ、伝えときたかったんだ」
「わかった。こっちも元気だから、帰れるときには帰ってきなよ」
「うん。この仕事が終わったらね。じゃ、また」
「また――」
 通話は切れた。なんとなく、もう二度とノリコと話すことは出来ないような気がして、しばらく携帯を見つめていた。
「ハナ、サボんな。仕事しろ」
 カウンター内から銀色のお盆で頭を叩く真似。当たれば痛いが、間違っても当ったりする事はない。体格も顔もゴツイが、タツミ兄は非暴力主義者。見た目小学生なハナと兄妹だとは誰も信じてくれないけれど、紛れもない真実。
 よいしょ、と掛け声と共に、ハナはスツールから飛び降りる。
「だって、お客いないじゃん」
 ふてくされつつ、カウンター内に戻る。
「いるって」
「いますけど」
 奥のボックス席から男性達の声。
「えぇ〜。タケモトさんとカズイシさんは、お客さんって感じしないもーん」
「超常連のお得意様になんてことを」
 言いつつもタツミ兄は笑う。入り浸りのタケモトさんと、常連のカズイシさんも。
「ついでだし、タツミ兄。私、休憩入るね」
 自分用のカフェオレをいれ、店の奥――必然的に二人に近いスツールに陣取る。
 二人のテーブルの上には食器に混ざって地図やら書類。一応、タケモトさんが調べてきたネタをカズイシさんに報告している格好。
「次のアールの狙いはわかったんですか?」
 優雅に紅茶を啜りながらカズイシさん。さりげなく、普段着のように上等なスーツ着こなしてる辺りが育ちの良さをうかがわせる。
「今度の奴は智謀派みたいだな。計画が緻密な上、大掛かりだ。まだ尻尾がつかめてない」
 タケモトさんは今日も全身黒ずくめ。いかにもガサツって感じの雰囲気を漂わせてる。
 テーブルの上にのってる食べかけのナポリタンや、サンドイッチにパフェ、ケーキの皿は全部、タケモトさんのものだ。一つづつ食べればいいのに、注文した品全部をテーブルに並べ、それぞれ一口づつ、順番に食べていく。
 味が混ざって気持ち悪くなったりしないのだろうか、とハナは横目に思う。きっとタケモトさんは怪人に改造されたとき、味覚異常になってしまったのだろうと思っている。
「もうすぐ年末だというのに、まったくご苦労なことです」
 カズイシさんは数行しか書かれていない報告書を丁寧に眼を通している。
 紅茶一杯分しか頼まないくせに、二人の支払は全額、カズイシさん持ち。大企業の社長らしいが、詳しい事はわからない。
 自称ライターのタケモトさんだけれど、どこかに寄稿している様子はない。なのに生活に困窮している感じがないのは、カズイシさんというパトロンがいるからだ。
 アールに妹さんをかどわかされたカズイシさんは、アールと敵対しているタケモトさんの協力を仰ぐため、タケモトさんの財布をやっている、ってのが現状。二人が知り合ってからすでに数ヶ月経つのに、妹さんの手がかりは全然つかめていないらしいからお気の毒。
 広げられた地図にはところどころに赤い丸。今回の怪人の出現ポイントは、人気の多い場所ばかり。今まで、自然あふれる場所というか人気の少ない場所が多かったから、変な感じ。
「向こうさん、今回は何考えてるのかわからないな」
「兎怪人バニーガール――ですか」
「あれは怪人うさぎ女でいいだろ。頭部は完璧ウサギ、下はセーターにジーンズ、それに白衣だぞ」
 タケモトさんが反論する。
 添付された写真をハナが横から見やれば、リアルなウサギの頭の被り物をした、養護教諭みたいな人が写っている。服装から年齢はわからない。今までの怪人はごてごてと、キュートだのファンシーだので彩られていたのに、今回の怪人はまるで毛色が違う。
「大佐、趣味が変ったのかな」
 タケモトさんがぼそりと呟く。大佐――タケモトさんの元上司ってのがアールのボスらしい。その上にボス連中を束ねている、首領って人がいるらしいって情報もあるみたいだけど、はっきりとはまだしていないみたいだ。
「たぶん、次の出現ポイントはここら辺」
 タケモトさんは汚れたフォークで地図の一点を指し示す。
「どうしてそう思われるんです?」
「怪人としての勘だ」
 タケモトさんはアールの洗脳教育とやらがうまくかからなかったらしく、今ではアールに対しての嫌がらせに命をかける変人に成り果てている。正義の名のもと、卑劣な言動が目立つのだが、今のところ止められる人はいない。
 私が裏路地でタケモトさんを発見したとき、彼は妙に華やかな――笑える衣装を身につけ倒れていたのを思い出す。
「いい加減忘れろ」
 ぴしゃりとタケモトさんに言われ、ハナは頭の中から過去を追い払う。思わずにやついていたらしい。あのときのタケモトさんは本当に、おかしな格好をしていたのだ。本人の自由意志であの格好をしていたわけではないのだから、思い出さないようにしてあげようと思うものの――努力は虚しい結果に終わる。
「もしかすると、敵内部に変化があったのかもしれませんね」
「大佐じゃないってことか?」
「えぇ。今までとやり方が違うのは、中の人が変ったからだと考えた方が良いかもしれません。そうなれば、今までの作戦では通用しない可能性があります」
 カズイシさんはあくまでも冷静に、真面目に状況を分析している。マイペースな人だ。
「そうか? 俺は今まで通りで十分だと思うぜ」
 パフェを食べつつ、バナナジュースを飲みつつ、温野菜サラダを食べてるタケモトさん。周囲の人間の目というか、食欲も思いやって欲しい。
「いいえ。あなたもある程度、レベルアップをはかったほうが良いと思います」
「面倒くせぇ」
「対策は私が考えます。今日はすいません、他に用事があるので失礼します。ハナさん、勘定を」
 ごつい腕時計をちらりと見やって立ち上がり、会計をする。
「あの、多すぎますけど」
 小さな声で尋ねれば、そっとささやき返される。
「あぁ、彼はまだ追加注文すると思うので。余るようでしたら、次回、返していただければ」
「了解です」
 派手なドアチャイムが鳴り、カズイシさんが去ってゆく。タケモトさんは見送ることなく、目の前の食料に挑んでいる。
 本通りまで歩いたカズイシさんの前に、どこからともなく一台の黒塗りの車が現れ、楽しげな表情の彼は自然な様子でそれに乗り込む。なんだかドラマのワンシーンのようだ。
「追加でシーフードピザとホットサンド、それにクリームソーダ」
「はいはい」
 タケモトさんの食欲、どうにかならないものか。声は厨房のタツミ兄まで届いているだろうと思うものの、オーダーを繰り返し、会計用紙に記入する。
 カズイシさんに預ったお金の中から、注文分の金額を頂く。タケモトさんはツケの一言で飲み食いするなので、こういう気配りはありがたい。カズイシさんが何の仕事をしている人なのかわからないし、余興の演出が趣味とかわけのわからない言っていたけれど、本当はきちんとした、忙しい人なんだろうなぁと思う。
 そういえばつい先日、仕事を任せていた部下の人が長期入院したから後が大変だとか言っていたっけ。でも、優秀な新入社員がいて助かるとかって。会社のお偉いさんも大変なんだなと思う。
 タケモトさんも帰ってしまい、店の中は有線からのジャズが響いているだけ。止んでいた雨がまた降り始めた。本通りから一本奥に入った店なので、こうなったら本格的にお客さんは見込めない。
「あら、忘れ物だ」
 傘立てに男性物の大きな紺色の傘。木製の柄には見事なウサギの彫刻と飾り石。たぶん、カズイシさんのものだろう。全体的にはクールなイメージだけれど、小物は意外と可愛らしいものでごてごて飾り付けるのが好きみたいだから。
 ふと、何だかすべてがつながっているように思え、二人が消えていった雨に煙る通りをしばらく見つめる。
「まさかね」
 ハナはテーブルを片付けはじめた。

| 目次 |

『モブが知っていること』をご覧いただきありがとうございました。〔11/01/01〕

あけましておめでとうございます
ウサギ年ってことで「ウサギ」と、最近書きたいと思っていた「携帯でだらだら喋る女の子」。会話だけで物語を構成したかったけど、さすがにすべての設定を詰め込んだらあまりに台詞が説明的過ぎたので無理でした。
モブ = モブキャラ。脇役。
登場人物はハナとノリコだけでよかったような気がするものの、兄と常連客2人にも登場していただきました。本来なら彼らが主役なのだろうけど、書く気はなし。

書ききれなかった設定
カズイシさんの妹は最初から存在しない。タケモトさんに近づくための嘘であり、彼が首領。
ハナにはタツミ兄の他に兄がいて、ノリコ=ウサギ女と恋愛して、怒涛の展開。
愛称”博士”が作り出す怪人は素人目には見分けがつきにくい。ノリコも正確には”兎怪人バニーガール・日本白色種”。他に”兎怪人バニーガール・イングリッシュロップ”、”兎怪人バニーガール・ロップイヤー”などがいて、タケモトは全員”怪人うさぎ女”と呼んでいる。智謀派というより、複数の怪人が活動しているだけだったりする。

2012/01/18 訂正

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