昔は良かった

 いらっしゃいませ、こんにちは。
 本日はは九月一日、木曜日、現在十三時十七分。晴れ、ところにより雨。降水確率五十%。雨傘をお持ちですか? ただいまの気温二十七度、湿度は六十二%、ほぼ無風。蒸し暑いですね。
 本日のオススメはこちらの商品になります。爽快で甘酸っぱい味わい、スッキリした後味。疲れにくくなる成分と知られているクエン酸入り。八月三十日、十時からの新発売になります。いかがですか?
「ピ」
 コーヒー、二百五十ml缶ですね。ありがとうござます。ブラックでよろしかったですか? 
「ピ」
 ありがとうございます。ホットとコールドがありますがどちらにいたしましょう? ホットは現在、五十八度設定となっております。熱めがよろしかった場合、少し温めることも出来ますがいかがしましょう?
「ピ」
 ありがとうございます。本日のお買い上げはコーヒー、一点でよろしかったですか?
 ……お会計は百二十円となります。お支払いは現金、クレジットカード、その他各種電子マネーがご利用可能です。現金は左の投入口へ、クレジットカードは中央部のクレジットカードリーダー口へ、各種電子マネーカードは右手にございます、光が点滅しておりますカード台へかざしてください。音がなれば、支払い完了となります。
 お客様、お会計は百二十円となります。お支払いは現金、クレジットカード、その他各種電子マネーがご利用可能です。現金は左の投入口へ、クレジットカードは中央部のクレジットカードリーダー口へ、各種電子マネーカードは右手にございます、光が点滅しておりますカード台へかざしてください。音がなれば、支払い完了となります。音がならない場合、カードエラーと思われますので、恐れ入りますが、カード裏面に記載されましたお問い合わせ窓口までお客様自信からのご連絡お願い致します。
 千円お預かりいたします。小銭をお持ちではありませんか?
 ありがとうございます。千二十円お預かりいたします。九百円のお返しになります。右手部に設置されました、釣り銭口をご確認下さいますようお願い致します。商品は中央下部にございます。お取り忘れのないよう、ご注意下さいませ。
 ……お客様、釣り銭口をご確認下さいませ。
 ありがとうございます。領収書の発行は必要ですか? 必要であれば、点滅しております、領収書発行ボタンを押してくださいませ。
 ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。
「むかしゃー良かった……」
 老人は缶コーヒーを手にしみじみとつぶやいた。昔、自動販売機はここまでお節介じゃなかった。
「おじいさん、はよーしねー、はよーはよー」
 乗車口から顔を出し、妻が呼んでいる。エアトレインが動き出す時間が迫っている。構内に軽やかな電子音が鳴り響いている。
 男はよろよろと乗車口に急ぐ。筋力補強用の補助装置ができ、寝たきり老人は少なくなった。男も数年前であればベッドから立ち上がることはできなかっただろうが、今ではこうして旅行することもできる。ありがたいことだと思いながらも、面倒だとも思う。
「はよーしねー、もう出発するじゃろうが」
「そがいに大きい声ださんでもえかろーが」
 老人は怒鳴り返す。互いに耳が遠くなって、どのくらいになるだろう。
 北海道から沖縄まで、三時間。宮崎の孫に会い、富山のひ孫を見て、青森で友人の五度目の結婚式に立会い、岡山に帰る予定だ。日本は狭くなった。
 席に着く。プシューと空気圧によって列車が浮き上がる音がして、列車が動き始める。ガタンゴトンなどという、レトロな振動はない。滑るようになめらかに、大気を切り裂き列車は進む。
 買ってきたコーヒーの蓋を開ける。座席に設置された執事機能が早速動き出し、カフェインの摂りすぎだの、軽度の運動が必要などと、ごたくをのべ始めた。わざわざ外で、現金で缶コーヒーを買ってきた意味がないと、ボリュームを落とす。数分すれば、勝手にボリュームが元に戻るというお節介機能が付いているが、これで数分間は静かに過ごせる。
 窓の外はあっという間に飛び去ってゆく。これでは旅情や情緒なんてものを感じる時間はない。
 今は未来。男が幼い頃思い描いていた未来に限りなく近い世界。男は憧れを手に入れたことになる。それは幸せだと他人は言うが、男はそんなことないと首をふる。
 実に面倒くさい世の中になったものだと男は思いながら、コーヒーをすする。

『昔は良かった』をご覧いただきありがとうございました。

■2011/08/22
■2011/09/05 誤字訂正
2012/01/19 訂正

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