金魚

「暑い……」
 こぼして、あたしはこてっと縁側に寝転がる。
 手を伸ばせは届く位置に、昨日の縁日でもらった金魚と、いかにもな金魚鉢。
 すい、すいと一つ。
 赤い影が水面を滑る。
 すい、すいと一つ。
 それを追うように走る波紋。
「涼しそうだな、お前は」
 金魚は不思議そうな顔をして、ガラス面に映る自分の不細工な顔をコテコテとつつく。
「あほだな、お前は」
 暑くてたまらない。
 うだるような夏の午後。



「やっぱり日本人は浴衣だね」
 会っていきなりじじくさいことを言う。
「あんたさぁ、似合ってるとか素敵だねとか気の利いたこと言えないの?」
 浴衣は見た目は涼しいが、着ている者には意外と暑い。来がけにもらったどこかの商店の名が入った団扇が手放せない。バタバタ仰いでいると、
「似合ってるよ」
 困りきった顔。
「そういう顔で言われて嬉しいわけないでしょ。よく覚えときなさい、じゃなきゃ恋人の一人もつくれないわよ」
 幼馴染の腐れ縁。言いたいことをはっきり言ってさっさと歩き出す。目指すは林檎飴、綿菓子、クレープ、たこ焼き、七色ソーダ水! 軍資金はたっぷり準備してきた。
「さて、用事は最初に済ませなきゃね」
 町内会の用意したしょぼいくじを引く。一等が三千円相当の商品券(近所のスーパーのもの)に始まり、ゴミ袋、ゴム手袋、台所用荒い桶、タオル、亀の子だわし、洗剤、石鹸、歯ブラシ……おばちゃんでもなきゃ欲しがらないような商品。
 手製らしいくじの入った箱を引っ掻き回す。手に触れた紙を適当につかみ持ち上げる。三角形に折った赤の折り紙。
 当たったのはタオル。これで三等。しかも、どこかの商店の名前入り。馬鹿にしてる。
 がっかりしてる横であいつは、一等を当てる。別に商品に興味もなけりゃ、欲しくもないがなんとなく悔しい。
 それが顔に出たのか、あいつは毎年同じ言葉を繰り返す。
「交換しようか?」
 私が返す答えが同じことを知っていながら。
「いらないわよ、そんなもの。来年こそは勝ってやるから」
「……そう」
 いつもながらに腹の立つ態度。つっかかってくれば可愛らしいものの、ヤツは三日早く生まれた私に遠慮してか、昔からとにかく大人しい。

 たこ焼き、いか焼き、バーベキュー。お好み焼きにたこ焼き、林檎飴、クレープ、カキ氷、バルーン、綿菓子、人形焼、七色ソーダ……とりあえずは一通り制覇。
 近所の田舎祭り。私ぐらいの歳になるとだれも祭りには来ていない。知り合いもいないので、さっさと帰りかけた私はあいつの姿を見つける。かがみ込んで金魚すくいをしている姿を。
「捕れた?」
 尋ねつつ覗き込んでみるが、ヤツの手元の器にいるのは赤い金魚が一匹と、黒い金魚が一匹だけ。
「あんたいくらつぎ込んだの?」
 そう聞きたくなるのも無理はない。手元に積み重なる敗れたポイの数は……ぱっと見には数え切れない。
「久々にやるとはまるもんだね」
「そういう問題じゃないでしょ? あんた……お土産買わずに帰ったら怒られるんじゃなかった?」
 毎年の事ながら、ヤツは言われて初めて気づいたかのような顔をして、私をじっと見つめる。無表情で財布の中身を確認し、視線はゆっくりと私の手元の品々に移り、もう一度絶望的な顔で私を見る。
「いくら残ってるの?」
「千円くらい」
「今晩は何を食べるの?」
「お好み焼きか焼きそば……安いほう」
 語尾が小さくなる。
 とすればお好み焼きか。でも、お祭りの焼きそばは高い。一人前が五百円。三人家族のヤツからすれば一人分足りない。
 すがりつくような顔で私をじっと見つめる。
「そんな顔で見られても知らないわよ、私は」
「焼きそば、買ってるよね?」
 ソースの匂いに気づいてか、私が左手に持つ袋をじっと見つめる。
「確かに買ったわよ? でもね、あんたにあげるわけにはいかないのよ」
「……交換して?」
「は?」
「えぇっと、これと……」
 出してきたのは赤い金魚。
「これと焼きそばとを交換しろと?」
「うん」
 うなづく顔は子供と変わりない。だが、くじ引きで当てた一等の商品券を出してこないあたりが計算高いとも言えるか。
「あんたが金魚なんかに大金つぎ込むのがいけないんでしょ? なんで私が金魚と焼きそばを交換しなきゃいけないのよ」
 言いつつも、私の心はあげるほうに傾きつつある。三日早く生まれた宿命か、どうも姉的性格が身に染み付いてしまっている。
 私は金魚と手元の焼きそば、そして情けない顔をしたヤツを順番に見やり、
「今回は仕方な〜く交換してあげるけど……今度何かおごりなさいよ?」
 私が差し出した袋をヤツは受け取り、焼きそば屋に向かって駆けてゆく。
 やれやれと私はため息を一つついて帰途につく。



 縁日があったのは昨夜のことで。
 生ぬるい水の中、赤い金魚はただ独りゆらりゆらりと泳いでいる。水草でも入れてやるか? いや仲間を増やしてやったほうがいいだろう。一人でいるのは寂しすぎる。
 思い浮かんだのはヤツの黒い金魚だった。

終わり

『金魚』をご覧いただきありがとうございました。

■2003/07/02 暑いので、魚の話でも書くか…と酔った頭で書いた小説。日常感をこれでもかというほどにじませ、登場人物たちの心の動きを書きたかったんですが…全然。
話は変わりますが、新井素子さんの『ディアナ・ディア・ディアス』読みました。異世界ファンタジー物だとばかり頭から思い込んで読んでたものですし、表紙のイラストも戦場に立つ男性のイラストだったから…読後にだまされ た感もありましたが、登場する人物達の心情や策略が見事に描かれていて。本編読みたい!って痛烈に思ったんですが、別に外伝でもなくこれが本編なんですよね…。で、こういうのも有りか、と(意味不明?

■2003/07/03 改稿。見直しすればよかった…といまさら後悔。
■2004/04/20 改稿
■2006/06/11 改稿。金魚すくう網?を「ポイ」というんですね。

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