ある日の昼、いつものように食堂に行こうと席を立ちかけたラムダは部屋に入ってきた人物を見て小さく片眉を上げた。
「久しぶり」
軽く手を上げ、楽しげに微笑む。
「カイ――どうして?」
顔をしかめ、探るような目つきのラムダ。
「君がどうしているかなぁと思って」
カイの声は妙に穏やかで、人当たりがいい。けれど、どこか虚ろな感じがある。
「……前々から思ってたんだけど、あなた、私を監視するためにここに赴任させたでしょ?」
「あ、気づいた?」
会話の中身は物騒なのに、二人は何気ない会話のように話を進める。
「最初は何故私をここに送り込んだのか、まったくわからなかったのよ。あなたは私の姿を見てないと一日が始まらないなんて言ってたのに、どうしてだろうって考えたの。それで思い当たったのがあれよ」
指差すのは監視カメラ。
「悪趣味ね」
言葉に棘がある。
カイはそれに気づかなかったのか、おどけた様子で、
「君の全ての行動が見たくなってね……戦闘中、敵をぼこぼこにしてる君の姿も野生の肉食動物のような美しさがあって好きだけど、僕の知らないところで君がどんな顔をしているのかが知りたかったんだ」
ラムダはげんなりとした表情で、
「――ストーカーって言葉、知ってる?」
「知ってるよ。でも、相思相愛の仲じゃ使わない言葉だろ?」
「……詐欺だわ」
ため息とともに言葉を吐き出す。
「文通相手があなただなんて知りたくなかったわ」
「手紙みたいにもっと素直になってくれれば僕は嬉しいんだけど」
「……あなたじゃないから文通していたのよ」
ラムダはもう一度、見せつけるようにため息を吐く。
「でも、僕と君は相思相愛ってことで通ってるんだだから、もうちょっと親しげにしてくれてもいいと思うけど?」
「――そのことなんだけど、どうして私があなたを誘惑したように言われているわけなの?」
「そのほうが面白いだろ? シンデレラストーリーなんていまどき流行らないからね」
「……絶対にあなたの思い通りになんかしないし、させないから」
「他人の噂も七十五日だよ。それに、いい加減折れてくれてもいいと思うんだけど」
「初対面の人間に求婚してきた馬鹿男に、変な噂流されて、そのうえ左遷させられて……それで、なんで私があなたに惚れなきゃいけないのよ?」
「だけど僕って、家柄もよく、地位も名誉も財産もあるし、知性も教養もあって運動も出来る。これ以上完璧な人間っていないと思うけど?」
カイの言葉にラムダはあからさまにため息をつき、
「思いやりってものが掛けてれば、人間として最低なのよ?」冷たい笑顔。「さ、もういいからそこどいて」
今まで見た事も無いくらい凶悪な瞳で睨み付ける。
「交換条件、」カイは最初の笑みを崩しもせず、「ここに来るって約束してくれたら、道を開けてあげる」
ひらひらと手にもったチケットを振る。
「式典の特別招待状」
ラムダは再びため息をつき、
「私、その日は夜勤なの」
「大丈夫だよ。その日はここももぬけの殻になるだろうから。君がいなくても誰も気づかないよ。ほら、昼食食べないの?」
その言葉に奪い取るようにチケットを受け取ると、
「はい、サヨウナラ」
食堂に向かって歩き出した。
その背中に向かって、カイは嫌な予感を抱きつつ呟いた。
「来てくれるよね……」
『彼の思惑』をご覧いただきありがとうございました。
●さらにどうでもよい話。
ラムダが訓練所にいるころに、文通相手(笑)としてカイと知り合う。ラムダはカイを尊敬しているが、ほかの感情はなく、カイの行動に非常に迷惑している。
ラムダが特殊部隊にいたころは、カイ以外とパートナーを組んだこともなく(上司がカイなので)、ラムダが戦闘している間カイはラムダを見ているだけ。必要ないとき以外は何もしない、というのがラムダのカイに対するイメージ。
周囲のカイに対する評価と、ラムダに対するカイの態度が180度違うことにラムダはかなり腹を立てている。