Love Story

 レポート提出が重なり、このところ、沙織は夜更かしが続いていた。だからその日、沙織のまぶたは重かった。
 部活のミーティング。学校近くに借りた畳敷きの部屋に用意されていたのはお菓子とジュース。未成年者を考慮して、アルコールは各自持参と言うことになっているのに、出席者は多い。全体で乾杯した後、今は小さなグループに分かれ、会話を楽しんでいる。
 河野はあちこちに声をかけ終わった後、静かなこの壁際に腰を下ろした。隣に座る下級生の樋口沙織がうつむき、じっとしている。その向こうで、沙織と仲の良い新山明海は携帯をいじっている。
「楽しくないか?」
「人が多いとこ、苦手なんです。こう見えて」
 明海は顔も上げず言う。どうやらゲームをしているらしい。
 先日の一件で互いに気まずい思いをするかと思っていたけれど、明海は何事もなかったかのような顔をしている。だから河野も知らない振りをして、缶カクテルを傾ける。
 高校時代から付き合っていた彼女に、河野が振られたのは半年前だ。未だに傷を引きずっているのは、付き合いの長さゆえなのか、それとも、別れた理由が大学生である河野と、社会人となった彼女とのすれ違いが理由だったからなのか。
 河野は明海に、先日、告白された。返事はいつでも良いといわれたが、その場で断った。そんな気にはまだなれないと告げた言葉に、明海は待つと答えた。いつまで待たれても、きっと彼女と付き合うことはないだろうという予感はあったが、強く断れなかった。
 無言でいることが気まずくて、河野は沙織を指差した。
「大丈夫か、これ」
 沙織はゆらゆらと頭を前後に揺らしている。
 見た目の雰囲気はずいぶん違うのに、沙織と明海は仲が良い。出席番号が近かったのが縁で。との事だけれど、根本的な部分に似ているところがあるのかもしれない。
「大丈夫ですよ、沙織、このところ寝てなかったから」
 携帯から顔を上げ、明海が言う。
 河野が心配して顔を覗き込めば、確かに安らかな寝息。
「おい、起きろ。寝るなら帰れ」
 肩を揺する。前後に頭を揺らしていた沙織が、ことりと河野の肩へもたれかかる。目を覚ましそうな気配はない。困った、と河野は思うが、しばらくすれば起きるだろうと放っておくことにした。
 三十分経過したが、沙織は起きる気配もない。むしろ、ますます深く眠り込んでいる様子。壁にもたれ、河野は眠る沙織の頭頂部を見やる。パーマやカラーリングなど一度もしたことのなさそうな、自然な風合いの綺麗な髪。
 よく眠っているな、と思いながら、沙織の頭へ手を伸ばす。彼女の、肩にかかった髪はコシがあり、すべらかだ。
「先輩、セクハラ」
 はっと手を離す。鋭い目で明海が睨んでいる。
「先輩って髪フェチですか?」
「はあ?」
「髪の長い子好きだとか?」
「いや、別に……」
 酔ってのことだと言葉を濁す。
「でも。髪、触ってたでしょ」
 明海は見せ付けるように沙織の髪に触れる。髪をかきあげ、かき乱す。沙織は起きない。されるがままになっている。
「髪フェチか……」
 考えるように明海が呟く。
「違う。絶対に違う」
「そう向きになって否定しなくても。冗談ですよ」
 明海は沙織の髪を整え、自分の膝へ沙織の頭を倒す。
「これ以上、沙織にセクハラしないでくださいね」
「違うって」
 否定する言葉を聞き流し、明海はまた携帯をいじりはじめた。河野はため息をつくと席を移動し、持参した缶カクテルをあける。起きない沙織を横目で気にしながら。

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2012/01/31

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