むかし昔。この物語は、惑星カリートが砂漠の星と呼ばれていなかった頃の物語――
ゼクスの女王の宝石好きは宇宙で知らぬ者などいないほど有名で、彼女はたくさんの宝石を所有していました。赤、黄、青、緑、透明……大きさも、色も形も千差万別。宝石を管理するためだけの城がいくつもあり、その管理の為だけに働いているゼクス星人もずいぶんありました。
好戦的な彼女は自分よりも素晴らしい宝石を持っていると聞けば、直ちにその宝石を手中にしようと武力もいといませんでしたので、その頃、王族や貴族たちは誰一人として宝石を身につけようとはせず、草花やレース、リボンで着飾っておりました。
今ではあの頃のことを振り返って、古代様式の流行なんて言っていますが、皆、ゼクスの女王を恐れてのことだったのですよ。
そうして、宇宙にある、あらかたの宝石を自分のものとしたゼクスの女王でしたが、彼女の欲望は満たされませんでした。誰も手にした事のない、もっと素晴らしい宝石がどこかにあるはずだと、あちこちへ使者を送り、調べていました。
ある時、ゼクスの女王はある噂を耳にしました。
惑星カリートの海深くに素晴らしい宝石が沈んでいる、と。
しかしその宝石は、海と同じ色をしているため、誰にも見出す事は出来ない、と。
それは昔、惑星カリートを支配していた竜の王の心臓から作られた、生きた宝石である、と。
誰にも手に入れられない宝石。ゼクスの女王はその言葉に魅入られました。
惑星カリートといえば、その頃、風雨の激しい惑星として有名でした。そんな星でも、少ないとはいえ竜族の血を引く住人がおりましたし、動植物もありました。けれど、女王はそれらに配慮することなく、宝石を手に入れるため、カリートの海を干上がらせてしまいました。
どうやって干上がらせたか……不思議ですか? 深く考える事は有りません。情け容赦のないゼクスの女王は、惑星を太陽の近くへ移動させたのです。どの道、惑星カリートはそう遠くない将来、そうなる運命の星ではありました。星の寿命が近づいていましたからね。
そうして惑星カリートは誰もいない死の星。砂漠の星になりました。
ゼクス星人たちは星の隅々まで探検し、ついにその宝石を手に入れました。透明な石の中、黄金色の筋が脈打つように輝く、そう――あなたが持っているセルの瞳。その宝石のことです。
恐い顔をしないでください。私はあなたの宝石に興味はありません。私の使命は物語を集め、語ること――。
ああ、どうしてあなたが宝石を持っていることを知っているか、ですか。セルの瞳は生きている、と先ほど申し上げたでしょう。それは言葉どおりの意味なのです。
その心臓は竜の王が自らの命と引きかえに作り出した、あの星の守りでした。セルの瞳は生まれてからずいぶん長い間、カリートの海底で独り、過ごしていましたし、ゼクスの女王の手に渡ってからも、女王が宝石箱と呼んでいた城の中で、孤独に過ごしていたのです。だから、聞こえるのですよ。私のようなおしゃべりな者にはセルの瞳の声が――。
はい、その通りです。宝石の声と私が申し上げているのは、微量の波動のようなものです。人体に実害のあるものではありませんのでご安心を。それで、あなたはどちらに?
申し訳ありません。私の詮索がお気に障ったようでしたらこれ以上は申しません。あなたのようなご気性の方ならば、面白い物語になるかと思ったものですから。
お気に障りましたのならば、私はこの辺で失礼を……別に行くあてなどありませんよ。私は物語を探して旅をしているだけなのですから。
はい、新しいガニメデの女王陛下にもお目にかかったことがありますよ。ヴェクエル星人らしくないお人柄ですから、今後のご活躍が楽しみですね。
え? 妹君への伝言を私に託されるのですか?
――了承しました。お伝えします。こう見えても、以前、何度かこういう伝書鳩のような役目を引き受けた事があるのですよ。ですから安心してお任せください。
では、あなたもお元気で――。
終
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『セルの瞳とカリートの海』をご覧いただきありがとうございました。〔2012/02/15〕
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