最悪のクリスマスイブだ。
その場に集っている誰もが思っていても、口には出さず、アルコールと料理を口に運んでいる。
クリスマスイブだって言うのに、男だけ。しかもメンバーはすでに学生ではない。学生時代の同窓会だ。
忘年会やってる奴らもいるから大丈夫だよ、と言った幹事の言葉は大外れで、店の中はリア充だらけ。周囲との温度差が激しい。
早々と二軒目へ。入った店がまた同じ状態で、アルコールが美味しく呑めない。この街にはリア充しかいないのだろうか。
三軒目を探している途中で、
「今日はもうやめよう。心が痛くなる」
誰かの提案でお開きになった。いつもなら時刻が変わるまで飲んでいるってのに。
駅前でタクシーが捕まらず、歩いて帰ることにした。いつもほど飲んでないから、酔ってもない。
いつもは通らない道を通り、大きく迂回して歩く。イルミネーションされた大通りと違い、街頭だけが明かりとなっている路上に恋人たちの姿はない。
明かりがついているビルをみる。クリスマスイブだってのにまだ仕事をしているなんて、気の毒なことだ。僕はまだましなのかもしれない。
視線をあたりに向けていると、どうやらその明かりの一つが自社のオフィスな気がしてきた。
「まだ残ってる人間がいるのか?」
いつも通り20時頃、みんな帰ったはずなのに。時刻を確認すると23時を過ぎている。
不審に思いながら向かう。
オフィスから奇声が聞こえた。
なんだ? 誰だ? こんな声を上げる人間なんて社内にいないはずだ。
そっとフロアに歩み寄る。
コピー機の前に怪しい女性の後ろ姿。乱れた髪、服装。呪文のように何かを呟きながら、コピー機を揺すっている。壊れたらどうするつもりだ。それより、その服装――
「まだ残ってたんですか?」
声を掛けたら、頭が沈んだ。
髪や服装を整えたのだろう、シミズフミエが恐る恐ると言った様子で立ちあがる。恥ずかし気に顔を真っ赤に染め、どもりながら言う。
「ど、どうして、あの……どうしたんですか?」
どう見ても慌てている。いつもの冷静沈着な彼女らしさが嘘のようで微笑んでしまう。様子を伺っていた、とは言わない方が言いだろう。
飲み会の帰りにたまたま、と理由を告げると殺意のこもった鋭い目を向けられた。そりゃこの状況下の彼女にならば、イラつかれても仕方がない。
コピー機は先ほどまでのエラー音もなく、順調に動く。紙の吐きだされる音が響く。
「それ、今日中じゃないとダメなやつですか?」
クリスマスイブである本日、こんな遅くまで残業する必要性のある仕事なんてあっただろうか。疑問に思っていたら、案の定な答えが返ってきた。自分の仕事でもないのに引きけるなんて、意外にお人好しなところがあるらしい。
けれど、だから合点がいった。ミヤタさんの書類に不備があることなんて誰もがわかってる話。シミズさんのことだから、書類の不備を一から直したんだろう。だからこそ、この時間までの残業になった……多分、その書類自体、朝一で必要ないかもしれない。
この状況の彼女に告げるのは酷なので、言わない。
「どこまでできたんですか?」
尋ねれば、あとはまとめて会議室に持って行くだけだという。そのくらいはミヤタさんに任せればと思うが、ここまでやったからには最後までやり遂げたい心境なんだろう。シミズさんは真面目な女性だし。
「手伝います」
断られるかと思ったけれど、彼女は素直に頭を下げた。だいぶ疲れているのだろう。
ガチャンガチャンとホッチキスの音が響く。たいして部数がないのに、なんだかずいぶん疲れるのは時間帯のせいだろうか。それとも、今日がクリスマスイブだからだろうか。
時計を見やれば24時を過ぎたところだった。
「僕、クリスマスイブを女性と二人きりで過ごしたのって初めてです」
こんな状況とはいえ、と苦笑する。
彼女ははたと手を止め、頬を赤く染め、僕の瞳を見つめた。
「私もです」
世界に染みわたるような声色だった。それは僕が始めて見る彼女の表情――。
本当に、恋は落ちるものなのだと、僕は知った。
ご覧いただきありがとうございました。〔2020/05/25〕
お題配布元:Discoloさま クリスマス5題