「最っ悪のクリスマスイブだあぁぁぁっ!」
私は頭を掻きむしる。乱れてた髪がさらににぐっちゃぐちゃになるが、そんなことどうだっていい。むしろ、この現状をミヤタルイコに見せつけてやりたい。
広いとは言えないオフィス。残業で残ってた連中も20時過ぎには帰宅してしまった。むろん、この聖なる夜に職場に残ってる人間なんて私だけ。化粧は取れてるし、服もよれよれだし、この上髪がどうなろうと知ったこっちゃない。
クリスマスまであと30分を切った。つまり、ただ今23時30分を過ぎたところだ。そして、仕事は30分じゃ終わりそうもない。
昼食時、今夜は彼氏とデートなの、とかいう浮かれモードのミヤタルイコから「どうしても定時で帰らなくちゃいけないから、お願いできない?」なんて戯言を「……まあ、いいけど」と、安請け合いした結果がこれだ。
どうせ彼氏も友達もいなくて、いい年して独り寂しくクリスマスを過ごすんだから、仕事変わってくれてもいいじゃないっていうミタヤルイコの幻聴が聞こえてならない。ああ、本当に今日は散々だ。人生でも類をみないレベルで。
「サンタのばかやろー! これが私へのプレゼントなの!? 私に恨みでもあるわけ!!」
思い切り叫びたいっていうか叫ばせてもらう。誰もいないんだからいいじゃない。
ったく。コピー機のやろう、動きゃしない。
モニタの指示通り、紙詰まり箇所を一通り確認して、紙を入れ直して、それでも動かないから電源落として、で、また紙詰まり箇所を確認して、紙を入れ直して、一からデータを飛ばして……。動きだしたと思えばまた『エラー』の文字。
これは、このコピー機やろうが私とスイートなクリスマスを過ごしたいがための戦略なのか。私はこんなでかいA3カラー対応複合機の彼氏なんか嫌だ。ちゃんと心臓動かして血液循環してる肉体をもった、出来ればイケメン細マッチョのモデル体型、そして私だけに優しくて強くてエリートでお金持ちの彼氏欲しい。贅沢すぎるけど、言うだけならただだろう。特に今日の、特に今の私には。
「動け動け動けっ。動いて、お願いだから」
頼みこむようにコピー機を揺すったら、動きだした。ほっとした途端、
「まだ残ってたんですか?」
男の声。私は思わずしゃがみ込む。この声は、この声の主は……手早く身支度を整え、ゆっくりと立ち上がる。顔は見なくても分かる。
「ど、どうしたんですか?」
顔は向けられない。化粧崩れが散々なことはわかってるから、コピー機に注目したまま、背中で答える。
なぜにこの状況で、なぜにこんな時間に戻って来られたんでしょう。私の心の癒しである、あなた様は。
別に細マッチョでもなく、モデル体型でもなく、フツメンで、誰にでも優しくて、高卒で、お給料の金額は私と同じくらいのあなただけれど。
「実は飲み会の帰りなんです。前を通りかかったら、明かりがついてるのが見えたからどうしたのかな、と思って」
「ああ、そうですか……」
飲み会って、合コンの間違いだろ。うかれやがって。
「学生時代の悪友と忘年会しようってことで予定合わせたら、なぜか今日になっちゃって。男ばかりでクリスマスパーティーですよ」
ハハハ、と彼は無意味に笑う。
それまで不調だったコピー機様の機嫌は良くなり、エラーもなく紙がはきだされてゆく。これは、まさか私の暗黒オーラが不調の原因だったのだろうか?
彼は帰る様子がない。180度後方を確認する能力が人間に備わっていないことが悔やまれるが、じっとこちらを見つめられている気配。いつもならばものすごく浮かれる瞬間だけど、心に浮かぶのは、髪型チェックと化粧チェックと服装チェックをしたい気持ちだけだ。
「それ、今日中じゃないとダメなやつですか?」
彼が静かに歩み寄り、後に立つ気配がした。背後一メートルというところだろうか、実に近い。
振り向きたいけど振り向むくなんて出来ない。この最悪のコンディションで。寒いのに嫌な汗が流れる。
「朝一の会議に必要なので」
「あれ? それ、ミヤタさんが任されてませんでした?」
よくご存じで。
今日の浮かれポンチでコンコンチキなミヤタルイコの作った書類が使えないものだってことに、お人好しな私が気づいたのが21時前のことだった。つまり、私の分の残業が終わってからのことである。
私がミヤタルイコから頼まれた仕事内容とは、コピーして、ホッチキス止めして、会議室に持って行くことだと思っていた。だからコピーし終わり、ホッチキスで閉じる前に、一応書類を確認していて誤字があるのに気がついた。
コピー前に確認すべきだったなと反省しつつ、修正テープで上に書き直すという原始的方法でそれを直した。これに結構時間がかかった。時間がかかったこともあり、一応、全部チェックし直すことにした。すると「あらら?」って部分がずいぶんあるような気がしてきた。
データを見直し資料をあたると、ミヤタルイコの作成した書類がポンコツというかただのゴミだったので、仕方なくほぼ一から作り直して、やっとコピーってことところまで辿り着いたら、エラーばかりで手こずられ、なんだかんだでこんな時間。
ミヤタルイコは今頃どこぞの空の下、彼氏といちゃついてるはず。
無事にコピー機からはきだされた用紙をトントンと整える。あとはホッチキスで止めて、会議室に持っていったら帰れる。
「手伝います」
私の心の癒し様は抑えるポイントが神がかり的だ。
「お願いします」
大丈夫です、なんてお断りの言葉は言えなかった。
二人並んでホッチキスを使う。こうなりゃ無心で作業するしかない。
ふいに、彼が手をとめ、
「あ、メリークリスマスですね!」
時計を見やれば24時を回っていた。今日はもうイブではない。
「僕、クリスマスイブを女性と二人きりで過ごしたのって初めてです」
その照れた顔が可愛い、と思わず見入ってしまう。
オフィスに響くホッチキスのリズムが少し遅くなった。
ご覧いただきありがとうございました。〔2020/05/25〕
お題配布元:Discoloさま クリスマス5題