「お母さん決まった」
と、我が娘がにこやかな笑顔で報告にやってきた。ハロウィンの仮装を何にするか、決めるように言ってあったのだ。
親である私的には可愛らしいお姫様とか、動物の着ぐるみとか、人気のキャラクターなどに仮装して欲しいところだが、娘の性格上、そんなものに仮装させようとした日には、冷めた目をして鼻で笑い、私の口からハロウィンの言葉を聞くたび、同じ反応をかえす様になるだろう。
だから10月に入ると本人にやりたい仮装を尋ね、私がその仮装の制作が可能かどうかを調べてから返事することにした。ちなみに私が却下することも考え、娘には複数候補を考えてもらっている。
なんせ、娘は「混沌」の化身である。
「何に決めたの?」
尋ねる私の顔にはきっと縦線が見えるはず。
頼むから聞いたことのある単語が聞こえてきて欲しい、という期待。
可愛らしい娘がまず口にしたのは、
「アノマロカリス」
「ア……アロ、カリス?」
なんだろう、それ。でも、リスってことは、娘にしては珍しいことに可愛らしい小動物?
「違うよ、アノマロカリス」
何で知らないのとばかりの口調。
知らないわよ。お母さん、何でも知ってるわけないんだから。何よそれ。何のキャラクター? とにかく可愛い系であって欲しい。
「それは何なの?」
願うように尋ねると、広げた図鑑のページを見せてくれた。
そこに描かれていたのは巨大な牙をもつ奇妙なシャコ……?
「それ、可愛い?」
仮装はみんなのためにも可愛いのにしてとお願いしたはずなのに。
「可愛いでしょ」
と、娘は言うが、はっきり言って可愛くない。なんなの、全長60センチって。「混沌」様の思考回路はわからない。
両手合わせてを頬にあて、可愛らしくお願いポーズしながら、
「お母さんが作りやすそうなのをお願い」
「じゃ、ブラックホール」
娘はこともなげに言った。
「ブ、ブラックホールって、ブラックホールって……どういうのかお母さん、わかんないな」
顔の縦線が見える人がいたら、私の背後にも「どんより」って巨大な文字が漂っていることがわかるだろう。
娘はキラキラした笑顔で別の図鑑を広げて見せてくれた。そこに描かれていたのは赤い輪郭を持つ黒い穴。なにこれ。これをどうやって仮装として表現すればいいの。
「絵に描いてもらっていいかな」
と、時間稼ぎ。ブラックホールについてスマホで調べる。重力が強烈だの光が脱出できないだの何のことかよくわからない。
撮影されたブラックホールってのがまた真っ黒な空間にある、あやふやなな赤いリング。これをどう三次元に出現させればいいのだろう。
しばらくして、部屋で絵を描いていた娘が、戻ってきた。ずいぶん時間がかかったところをみると、娘的にもこれを衣裳として表現するのが難しかったのだろう。
「こんな感じ」
一面、真っ黒に塗りつぶされたお絵かき帳。
絶句。
どう言ったら良いだろう。
はっきりいって、精神的にヤバい人が描きそうな絵だけど……これがブラックホールのイラストなのだ。
私は頭をかかえる。娘を喜ばせたい気持ちはあるが、はっきり言ってどうしたらいいのか、今年も私はわからない。
ポンと片手を打って、立ちあがる。
「そう言えば忘れてた。おばあちゃんがハロウィンの衣裳、送ってきてくれるって。わざわざ送ってくれるんだから、今年もそれにしましょ」
不服そうな娘だが、大好きなおばあちゃんには逆らわないから、こんなときだけ有難い。普段は孫を甘えさせ過ぎの人だから嫌なんだけど。
ご覧いただきありがとうございました。〔2020/05/25〕
お題配布元:エソラゴト。さま →ハロウィンで10題